モヤモヤ病、脳出血、脳梗塞。三十代にしてすでに4度の脳卒中を経験し、この若さで「余生はゆっくり過ごされてはどうですか」と医者から告げられた、自らも医者である女性の闘病記。
著者が負った障害の大変さ、そして不思議さに、今は単純に驚くのだが、いつか自分や周囲の人に同様のことが起こったときに、この本を読んだことがきっと役に立つ。
私の知人でも、何人も脳出血や脳梗塞などの脳卒中にあって、亡くなったり後遺症に苦しめられている人がいる。40歳以上の男性の半数以上は高血圧だといわれており、また若年でも脳卒中に見舞われるケースが増えているらしく、本書で書かれていることは決して他人事ではない。
本書では、著者が実際に体験した不思議な症状が数多く述べられる。
頭頂葉の右半球の損傷によって起こる「視覚失認」では、見ているものを正しく認知できない。画用紙に絵を描こうとしたら、紙と机の境界線が認識できず、机いっぱいにペンを走らせてしまう。
遠近感もわからず、目の前の階段が上りなのか下りなのか判別がつかない。足をそーっと出して探ってみることになる。
頭頂葉は体性感覚を処理する部位でもあるので、この損傷で体についての感覚もゆがむ。ベッドで仰向けにまっすぐ寝ているつもりだが、腰から下を「く」の字に曲げているような感覚がする。
「半側身体失認」が起こり、自分の体の左半分に注意が向かなくなった。左手でさっきまで袋を持っていたことを忘れて、道端で取り落としたりする。
「半側空間無視」では、外の世界の左側の空間に対して注意が向かなくなった。食事のときにはテーブルの左側にある食べ物は残すし、絵を描いても左半分を省略してしまう。
これらはひとまとめに言って、「高次脳機能障害」、すなわち人の心の機能のうちでも高度な部分がうまくはたらかない症状だ。紹介したのはごく一部であり、このような深刻な症状を抱えた人が本を書いているというだけで、ほんとうに頭が下がる。
著者の主治医は義理の兄で、脳卒中の後遺症が残る老人などを術後にケアする保健施設も経営している。その人が、職員たちに向かって述べた言葉が深い。
「ここに入ってこられる方は、病気やけがと闘って、脳に損傷を受けながらも生き残った勝者です。勝者としての尊敬を受ける資格があるのです。みなさんも患者さんを、勝者として充分に敬ってください」
だが今は、「勝者」を生むシステムも、「勝者」を敬うためのプログラムも、何もかもが不十分なままだ。
本人も書いているが、正直、この著者は、他の患者から見れば環境に恵まれている。本人が医者であったり、発作時に周りに同級の医学生がいたり、脳外科医の義兄がすぐに駆けつけてくれるところに住んでいたりといった好条件がなければ、おそらく命を落とすか植物人間になっていたのではないか。
「勝者」を生むシステムとは、そうした緊急事態に対応できる施設・人材の充実である。しかし、最近は仕事のきつい科は敬遠され、脳外科医は不足する一方だという。
また、多くの脳外科医は、命を救う手術はするが、その後の症状についてはよくわかっておらず、あとは生活に慣れてね、で終わるという。周囲のセラピストも、高次脳機能障害の症状に対する理解が十分ではない。福祉的な保障の対象にもならない。街の施設・設備も「バリアリッチ」である。
「勝者」を敬うプログラムとは、そうした人に対する適切な接し方を、医療関係者から一般人までが幅広く共有するということだ。残念ながら、現状ではこれもまったくの低水準にとどまっている。
したがってこれは、啓蒙の書なのだ。高次脳機能障害に苦しむ人は数多く存在し、今後ますます増えるだろう。しかしそうした人が自分の症状についてわかりやすい本を書いてくれることなど、普通は期待できない。本書は、死の危機とそれに続く苦難を乗り越えた「勝者の中の勝者」が、この障害の「真の姿」を伝えるために届けてくれた奇跡の言葉なのだ。われわれは、われわれのために、そこから多くを学ばねばならない。
そして、この勝者は、最後にわれわれを泣かせる。この境遇にいる者の言葉だからこそ、ほんとうに胸を打つ。読み始めた方は途中で投げ出さず、ぜひ最後まで読み通してくださいませ。
[MEMO]------------------------------
*高次脳機能障害の患者は、自分は何でもちゃんとできると言う。それは、周囲から見れば異常なほどの「過大評価」で、万能感をもっているとされいわれる。
しかし、著者は言う。それは決して「過大評価」ではないと。正しく言うと、自分のまわりの出来事の重要性を「過小評価」しているのだ、と。「健康なときにはこんなことはたいしたことではなかった」という記憶が判断を狂わせているのだ。
*高次脳機能障害では、その人のそれまでの人生が如実に出る、という。何を身に付けたか、頑張ったか、そして、頑張れる人間であるか。著者が「勝者の中の勝者」となれた理由は、さまざまな幸運だけではなく、人柄によるところも大きいと思う。
*興味深かったのは、あるエピソードを紹介する際に、「前にも書いたかもしれないが(P210)」と断り書きがあったこと。いや普通は、前にコレ書いたかどうかは、書き手はおぼえているもんですよね。そして事実、書いてます(笑)。この文を見て、著者がこういう状態で一冊の本を書き上げたということに、逆に感心してしまった。
*続編もあるので、また読んでみよう。
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