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2007年7月18日 (水)

「時代」を活かした傑作―「玻璃の天」

 超絶短編が3本。どれも巧緻の極み。残念ながら公式では受賞を逃したが、私の心の直木賞をあげたい(笑泣)。

 舞台は昭和初期の東京。女学校に通う財閥の令嬢と、家付きの女性運転手を軸に、この作者ならではの日常ミステリが展開する。あの大戦へと日本が向かう直前の「暗い」時代が、現代のメタファーとして見事に活かされている。

玻璃の天 玻璃の天

著者:北村 薫
販売元:文藝春秋
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 まず登場人物に魅力がある。主人公の英子は、少女でも大人のレディでもなく、その純粋で可憐な雰囲気は、「乙女」としか表現できないなんで北村薫は男なのにこの手の女性を描くのがこれほどうまいんだろう。そしてもうひとりの中心人物、女性運転手のベッキーさんがまた颯爽としていてかっこいい。文武両道を地で行き、それでいて偉ぶらない。

 物語の運び方も実に巧みだ。何気ない出来事、ふとした会話、巡り合った本や人が、一見関係がなさそうに登場しながら、最後に一枚の絵に織り込まれていくさまにため息が出る。私はラストに冴えのある「幻の橋」が特に好みだった。

 北村薫は本当に知識が該博で、それはそれでもちろん素晴らしいことなんだけど、それが登場人物にまで反映されると、ちょっと違和感をおぼえるときがある。「円紫さんと私」シリーズなんかを読むと、アドバイザーの円紫さんはもちろん、教えを乞う立場の主人公「私」までが実に物知りで、若年性痴呆な私なんか思わず平伏してしまう(笑)。

 あとあのシリーズでは、円紫さんがあまりに頭が良すぎるのも、ちょっと違和感を感じる部分。少し話を聞いただけで事件の謎がわかっちゃう人なので、うかつに登場させられない。なおかつ、円紫さんはもう謎が解けたのに黙ってて、主人公に「もうちょっと考えてごらん」みたいな対応をするのが、ほのかに嫌味なときがある。

 そうした違和感がこの「玻璃の天」のシリーズでは感じられない。このシリーズも、主人公の英子とベッキーさんは同様の役回りとなっているが、英子が本や古典を好きだとしても、この時代のお嬢様はそれで当然。ベッキーさんは非常に頭脳明晰だけど、身分の違いがあるために一歩引いた立場にとどまり、たとえ答えがわかったとしても差し出がましい口ははさまないのが当然。つまり、「時代」が違和感を中和している。

 …ということで、作者の技量と題材が高度にマッチした傑作と思う。直木賞を逃したのは本当に残念。これを退けた松井今朝子「吉原手引草」を、俄然読んでみたくなった。

[MEMO]------------------------------

*前作「街の灯」とともに、このシリーズでは「時代の空気」がものすごくリアルに伝わってくる。それは第一に、当時の社会情勢や風俗の描写の積み重ねによるものなので、作者の相変わらずの緻密な時代考証に感心するのだけど、それに加え、登場人物の心理がしっかりと「時代」に即した動き方をするのよね。これが大きい。作者に、昭和初期から「スキップ」してきたんですか、と聞きたくなる(笑)。

*印象的だったのは、「荒熊」の講演会後の、主人公と若い軍人の会話。短いながらも、国の大義と国民の幸せ、そして戦争との関係について考えさせられて、実に深い。

「五円あれば、五十人の飢えた者がカレーライスを食べられる。…あなたのおっしゃった行進の列に、そういう多くの者達が胸を張り、喜びと共に加われるのなら…それが、どのような行進であれ、わたくしは心から支持いたします」

この言葉を聞いて恥じ入る主人公が素直でかわいい(笑)。

*こんなん書きましたが、もちろん「円紫さんと私」シリーズも大好きですよ。

街の灯 街の灯

著者:北村 薫
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