「防げる」と「防げた」は違う―「自殺の心理学」
自殺者が減らない。いったい、自殺は防げないのだろうか?
これについて、「自殺する人はどうしたってするのだから仕方ない」という意見を聞くことがある。それは一面では正しいが、別の面からいえば間違いであると思う。
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自殺の心理学 (講談社現代新書) 著者:高橋 祥友 |
私の周囲でも自ら命を絶った人が何人かいる。それなりのトシになったら、近しい人間の自殺を、多かれ少なかれ誰もが経験していると思う。
そんなとき、「こうなる前にどこかで止められなかっただろうか」との無念が胸をよぎらない人はいないだろう。と同時に、「止めようと思って止められるものなのだろうか」という疑問も浮かんでくるに違いない。
自殺問題に取り組んできた精神科医の手になる本書は、「自殺は防げる」というメッセージで全体が貫かれている。「自殺する人はどうしたってするのだから仕方ない」という弱腰は微塵も感じられない。専門家はそうやって頼もしく構えていてほしいものだ。
一方、われわれ一般人はどうすればいいか?もし身近な人に「死にたい」と打ち明けられたら?
本書の内容からすると、基本姿勢は「軽視も諦めも禁物」という感じだと思う。
まず、自殺を口にする人ほど死なない、といった「軽視」は絶対によくない。自殺のほのめかしや、別れの用意ともとれる行動は、その後の自殺に高い確率でつながるという。先日読んだ野村進「救急精神病棟」にも、乱雑な部屋に引きこもっていた女子高生が外出して行方がわからなくなったとき、部屋が見違えるほど整頓されていて、数時間後、飛び込み自殺の報が入ったというエピソードがあった。(P385)
すなわち、本書にあった以下の一節のように考えるべきなのだろう。
自殺の危険を過小評価するよりも過大評価するほうが実害は少ないのです。「自殺の危険がない」と誤って判断したために取り返しのつかない事態が起きるほうがよほど恐ろしいのです。(P55)
誰かに「死にたい」「自殺したい」と言われたとき、自分は彼・彼女に選ばれてその言葉を聞いているのだ。そう思えば、その言葉たちを軽々に扱うわけにはいかなくなるだろう。
もうひとつ、こちらからの働きかけは無駄だ、といった「諦め」も絶対にしてはいけない。著者は、自殺の危険が高い人でも確固たる死の覚悟をもっている人はほとんどいないとしている。むしろ、生と死の間で心が激しく動揺しているのが普通だ、と。また、自殺と密接に関係する精神的問題(とくに「うつ」)は、治療することが十分に可能であることも述べている。すなわち、こちらの働きかけで「自殺を思いとどまらせる」余地は確かに存在するのだ。
じゃあどういう風にわれわれは接したらいいか。専門家の立場からいろいろなアドバイスが述べられているが、印象に残ったものをピックアップしておく。
- とにかく話を聞く(傾聴):カウンセリングの技法だ。下手に助言などせず、とにかく共感を示しながら話を聞く。これがまず第一歩。
- 自尊心を高める:自殺の危険が高い人は自尊心が不当に低い傾向にあるため、自分の価値に気付かせてあげることが大事だ。
- あいまいさに耐える能力を高める:自殺を考える人は、思考が短絡的だ。「仕事がうまくいかない→死ぬしかない」などという理屈はおかしいわけだ。「うまくいってる部分もある」「うまくいってなくても休んだり他人に任せたりと他の選択肢がある」「もう少し結果が出るまで待ってみよう」という柔軟で曖昧ともいえる可能性を示したい。
- われわれもひとりで抱え込まない:自殺の話は、聞かされる方にも大きな精神的負担となる。専門家や家族の助力をあおぐように方向付けることも、自殺を防ぐ有効な手立てだ。
- アルコールは飲ませない。薬や病院の効果が出るのは少し時間がかかる。
以上、私も今後こうした人と接する機会には、これらの心がけを忘れずにいようと思う。
ただそれでも、最初に述べたように、「自殺する人はどうしたってするのだから仕方ない」という言葉には、私は一面の正しさがあると思う。
自殺予防の観点からいえば、この言葉は間違いとして扱わねばならない。だが、大事な人を自殺で失くした人には、この言葉はいつか「真実」として心に広がってゆくべきだ。そう思わなければ残された人が救われないということが、間違いなくある。
将来の自殺は「防げる」と思え。だが、過去の自殺は「防げた」と悔やむな。これが鉄則だろう。
[MEMO]------------------------------
*社会学の意識調査では、世界の人々は自分の国こそが世界の中でもかなり深刻な自殺の問題を抱えていると思っているらしい。日本人もそういう傾向があると思うが、実際のところは自殺率は世界で10位前後だ。本書には1980年代のWHOのデータが載っているが、2004年の同じデータを見てもこの順位はだいたい変わらない。
*自殺報道の影響などで後追い自殺が起こる「群発自殺」は、青少年に多い。日本での代表例は、いじめを受けた中学生やアイドル・岡田有希子の自殺後に発生したケースだろう。古くは18世紀末、ゲーテ「若きウェルテルの悩み」の主人公が自殺する描写を真似て、同じ服装と方法で自殺する若者がヨーロッパ各国で多発したという。そのため、群発自殺の別名は「ウェルテル効果」というらしい。
*この2つの事例は、おそらく「マスコミ」という要素でつながっている。後者の「群発自殺」はマスコミの影響がわかりやすいが、おそらく前者の意識調査も、マスコミの声高な自殺報道のあおりを受けているのではないか。
仮にそうだとすると、自殺を報じる際のマスコミにかかる責任は非常に重いといえる。本書でも指摘されているが、自殺をいたずらに美化したり非難したりしない、自殺方法を詳しく報道しない、などのガイドラインが必要だろう。
*この本は、1999年第1刷発行とやや古い。2006年10月には、自殺問題の深刻化を受けて「自殺対策基本法」が施行されている。これ以後に刊行された本をまた読む必要があるなー、と感じた。
*(2007年9月7日追記)内閣府の世論調査では、「自殺する」と言う人は死なない、と多くの人がやはり思っているようだ。また、自殺には前触れがない、という誤解もはびこっているとの結果も出ている。本書に書かれていたようなアメリカの「自殺予防教育プログラム」は、子どもたちだけでなく、大人がまず受ける必要がありそうだ。
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