もし医者も患者も「死」を容認したならば―「破裂 上・下巻」
医者も患者も、「生と死」をめぐって、それぞれに宿命的な二律背反を抱えていると思う。
医者は患者の命を救うために努力する。しかしその裏で、たくさんの実験動物を殺し、技術が未熟なうちは人の命さえ奪うことがある。
一方、患者は生きたい。誰だってそうだ。でも、老境に入ったとき、ボケるとか寝たきりとかでみっともない姿になって他人様に迷惑をかけるくらいなら、いっそポックリ死にたいと思う人も多いだろう。
ふつう、両者は「生」への希求において一致して協力する。だがひょっとすると、「死」への容認でも両者の利害は一致することがあるのではないか?
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破裂 上 (1) (幻冬舎文庫 く 7-2) 著者:久坂部 羊 |
この小説は、「大学病院のウラは墓場」の作者による小説第2作だ。あの本では医療現場が抱える大小さまざまな問題点を医者ならではの視点で冷静に分析してあって、考えさせられるものがあった。
日本はなぜ長寿世界一なのか。作中に登場する一人の医師が興味深い説を唱える。
「日本の老人は、脳の血管は弱いからすぐ脳梗塞や脳出血で寝たきりになるが、心臓が強いから、寝たきりになってもなかなか死なないんですよ」
その真偽はさておいて、長寿+出生率の低下で、今の日本は未曾有の高齢化社会であることは間違いない。人口ピラミッドが、逆さになったごときの状況である。このピラミッドを正常化するにはどうしたらいいのか?
普通の答えは「出生率を上げる」だろう。だが、この小説に登場する厚労省の官僚・佐久間の答えは違う。「老人を減らす」だ。厚生族のドンと言われる国会議員の後ろ盾を得て、彼は密かに「プロジェクト天寿」と題した計画を立ち上げる。
その最終目標は、「安楽死の合法化」である。その実現に向けて彼が繰り出す方策は、医療施設の許認可、研究資金の配分、マスコミの情報操作など多岐にわたる。官僚が本気になったら何でもできるんじゃないかと思わされる。
そこに、医療ミスの内部告発に臨む医師と看護師、正義感と功名心に駆られた医療ジャーナリスト、教授選を控えて自らの汚点を隠そうとする医学部の助教授、医療裁判に賭ける遺族などが複雑に絡み合う。彼らの思惑で何度も物語はうねり、上・下巻を読み通すのもまったく苦にならない。
物語の最後で、ある登場人物は救われ、ある登場人物は闇に堕ちる。それらの結末には、医療における「死」をいかに扱うべきかへの作者のメッセージが込められているように思う。それは、「死」への容認において医者と患者が安易に一致することをよしとしない、作者の医師としての意思表明ではないだろうか。
[MEMO]------------------------------
*安楽死とか医療ミスとか、本書で取り上げられている医療をめぐる問題は、本当に一筋縄ではいかないね。医療ミスについて本書では、(実際にあったことかどうかはわからないが)医療現場でのずさんな実態がいくつも紹介されている。
乳癌手術中、リンパへの転移を見つけたが、摘出するのに鎖骨を外したりするのが面倒だから手術を終えるとか。手術後に残った針をカウントして数が合うか確認するとき、行方不明の針が出てきても強引にOKと記録に書いてしまうとか。
私は、こうした怠慢や高慢から生まれる、「医の本質」に背く明らかなミスは咎められて仕方ないと思う。
ただその反面、「医療ミス」というものの中には医者を責められないものがたくさんあるとも考えている。人は誰しもミスを犯すものであるし、またミスを誘発するような医療制度の欠陥も存在するからだ。本書で医療裁判の被告となった医師の言葉にも、また考えさせられるものがあった。
治療に百パーセントを期待されたら、とても保障などできない。医療にはあらゆる不確定要素がつきまとう。命を失う罪は重い。しかし、命を救ったとき、同じだけの評価があるのか。命の賠償金が五千万なら、救命の褒賞も同じにしてほしい。かけがえのない命を救ったのだから。
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破裂 下 (3) (幻冬舎文庫 く 7-3) 著者:久坂部 羊 |
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