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2007年9月11日 (火)

デビュー年にしてこの貫禄―「仲蔵狂乱」

 前にも書いたけど、第137回直木賞を北村薫が逃したのはファンとして残念だった。そのとき、「吉原手引草」で見事受賞したのが松井今朝子。彼女がデビューした1997年に書いた作品を読んでみた。

 正直、手に取ったときは、「玻璃の天」を落とした作者はどんなもんかなと値踏みするような邪な気持ちもあったけど、まあとにかく読んでみてからと、虚心坦懐で本を開いてみた。

 そしたら面白いのなんのって。

仲蔵狂乱 (講談社文庫)
Book
仲蔵狂乱 (講談社文庫)
著者 松井 今朝子
販売元 講談社
定価(税込) ¥ 790

 初代中村仲蔵という人の生涯を軸にして、江戸の歌舞伎界を活写する作品なんだけど、まずこの人を主人公に据えたことが成功のモトだろう。とにかく波瀾万丈を絵に描いたような人物なのだ。

 まず生い立ちからして、親の顔も知らぬ身無し子である。梨園にもらわれ、踊りを仕込まれ、子役から出世するも、とある顛末で舞台を去る。しかし市井で食い詰めて、いちばん下っ端の稲荷町と呼ばれる身分からやり直す。辛い下働きが続く。

 そこから、再び役者として認められていく過程がアツい。「朱雀の章」と作者は名づけているが、実際、読んでいて体の芯が燃えてくる。とくに、「仮名手本忠臣蔵」の定九郎役で一気に運をつかむあたりは、それまでの艱難辛苦があるから、大きなカタルシスが来る。

 だがその後も、一粒種の子どもを亡くしたり、「気の方」(今で言う、うつのようなものか)で舞台を休まざるを得なくなったりと、とにかく試練の連続だ。だが、着実に芸は伸び、世間の人気も上がる。

 最終的に彼が一年の給金にして文字通りの「千両役者」となるまでの道筋は決して平坦でなく、それゆえ読んでいて飽きるということがなかった。

 繰り返すが、この中村仲蔵を主人公に選んだところが、本作の成功のモトである。

 ただ、その選択は、作者の該博な歌舞伎界についての知識からすれば、きっと必然のものだったろうと思う。作者本人については長く歌舞伎の仕事に携わっていたということ以外よく知らないんだけど、歌舞伎界の仕組みや作品の詳細、関連する江戸風俗についての書き込みが、素人が一朝一夕には絶対に到達できないレベルなのだ。デビュー年にしてプロとしての貫禄(ヒレ)がある。

 だからきっと、中村仲蔵がいちばん「映える」と作者にはわかっていたんだろうと思う。

 それでも、他の役者たちも実に粋なのだ。とくに、五代市川団十郎と四代松本幸四郎は生い立ちや人物像も魅力たっぷりで、仲蔵と合わせて3人を主役格にした物語も、この作者なら必ず出来ると思った。デビュー年ならいざ知らず、直木賞も獲った今なら、そのくらいスケールの大きな話を書いても十分読者は付くんじゃないでしょうか。

[MEMO]------------------------------

*いや~、歌舞伎の世界にはやはり男同士の関係も普通にあるものなのですなあ。念者という言い方は初めて聞いた。勉強になる。

*はっきりとおぼえていないのだが、定九郎の扮装をそれまでと変えたというエピソードは、テレビの落語かなんかで昔見たことがある気がする。あれは仲蔵の話だったのか…?

*実は直木賞受賞作もすでに読んだ。感想はまた後日に。

*歌舞伎の世界は奥があって、なかなか深入りしようという気にはなれないのだが、こういう風に物語に仕立ててもらうと安心して楽しめる。もう10年以上前になるが、栗本薫「絃の聖域」がこの世界を題材にしていて、ミステリーとしてもさることながら、伝統と因習の世界の物語として興味深く読んだ。

絃の聖域〈上〉
Book
絃の聖域〈上〉
著者 栗本 薫
販売元 角川書店
定価(税込) ¥ 546

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