1982年に刊行され、今も読み継がれるという青春の名作。
まずタイトルがいい。仮定の話だが、同じくらい質の高い作品がふたつあったら、長く残るのは印象的なラベルが付いてる方だと思う。この作品のタイトルは至高のラベルだ。
大阪の茨木市にできた新設大学(追手門大学がモデル?)に合格した主人公の燎平は、謎めいた美しさと若々しい奔放さを備えた同じ新入生の夏子と知り合う。燎平は、強引に加入させられたテニス部にいつしか打ち込むようになり、私生活でも一風変わった若者たちと知り合いになる。だがその心の中には、常に夏子への秘めたる思いがあった…。
この恋が決着するまでに、4年である。上下巻かけるのである。現代の若者なら「さっさと告白すりゃいいのに」と、もどかしくなるだろう。でもそこがいいんだよね(笑)。
人間はみなそうだけど、とくに若者というのは「矛盾の塊」だ。あれもしたいこれもしたいという欲望を抱くが、曲がったことや汚いことは認めないという潔癖さを見せる。また、自分は何だってできるという傲慢さを持つくせに、自分は全く何物でもないという卑屈さを感じている。
燎平を見ていて、つくづくこの矛盾を実感する。彼は夏子が欲しい、テニスが強くなりたいと願うが、決してそれを曲がったやり方では達成しようとしない。作中にもあるが、覇道と王道なら、たとえ叶わなくても俺は王道を選ぶ、という潔い姿勢に若者らしさを見る。大人になったら、もう安易に覇道を行くからね(笑)。
そうした彼の姿勢が端的に表れているのが、下の箇所だろう。前後の文脈はネタバレになるので伏せるが、とても象徴的な言葉だと感じた。
人の不幸の上に、自分の幸福など築けるものか。(下巻P.157)
彼は単なる善人とは言えないようなどこにでもいる若者だが、その彼がこういう言葉を口にするところに若さのもつ価値がある。
また、傲慢さと卑屈さも若者らしい矛盾だ。燎平は、成金や上流階級の人々に訳もない反感を感じ、ときに傲慢に振る舞う。だが、自分がちっぽけな存在であることも重々承知していて、そんな「今の自分」を意識するときは、卑屈さが顔を出す。
この卑屈の極みが、夏子に会いに志摩のホテルに向かうことだと思う。あの顛末には、腰の力が抜けた。この衝撃の強さたるや、作者が最も書きたかったのはこのエピソードだとしか思えないほど。
燎平は、自分の顔が紅潮しているのか青ざめているのかわからなかった。(下巻P.187)
これ、ホントよくわかる。だって読んでるときの自分がそうだったから(笑)。
欲望と潔癖、傲慢と卑屈。こうした矛盾を溶かしてできるのが、「青」なんだろう。はかなげで美しく、しかしどこか陰鬱で気味の悪い色だ。
そして、それが「散る」という表現が、読後感にぴったりなのだ。自分の「青」が散ったのはいつ頃だろうか…と思い返してしまう。やっぱり、実にいいタイトルだ。
[MEMO]------------------------------
*矛盾という点では、夏子と祐子に対する燎平の感情も矛盾をはらんでいる。実はこれが作品のいちばん大きな鍵だったりするのが、なんというか、ほんと身につまされる。
*しかし女性に対する通念とでもいうべきものが現代とは全然違うことに、改めて感心した。今の目線で見ると、「社会」がこぞって若い女性を家庭に入れようと圧迫しているみたいに見える。そういう圧力が解けたら、そりゃ晩婚化、少子化にもなるよ。
*安斎の病は、悲痛だ。遺伝の確率が高いとあるが、どうかな…。DSM-Ⅳを見ると、多くの不安障害は、生物学的第一度親族の発現率が一般よりも高いようだが。
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