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2008年3月19日 (水)

その道路は未来につながってはいない―「『道路』の暴走」週刊ダイヤモンド2008年3月22日号

 要は、必要なものだけ作ったらいい。道路ってやつは。

 道路特定財源のニュースがにぎわっているが、流用だのなんだのの前に、本当に必要な道路を作るために本当に必要な予算を組むという前提が崩れてるから、おかしくなるのだ。莫大な借金を次世代に残してまで予算規模を維持しようという輩が国のトップにひしめいていることに目まいがする。

 …というところに、今週の週刊ダイヤモンドの特集「『道路』の暴走」は面白かった。

 昔は、道路を作ることが「必要」だったのだ。道路特定財源制度を田中角栄が立法化したとき、日本の道路事情はアメリカの調査団から「貧弱」呼ばわりされていたという。国を成長させるために人や物の流れを円滑にするインフラを整えることは、確かに社会のニーズだったのだ。だから道路利用者の税金を道路整備に優先してまわすこの制度には意義があった。

 でもね。今はもう社会のニーズは変わってるのだ

 これ以上、どこまで道路を引く必要がある?この特集には、仏独英伊の4ヶ国と日本を比較した面白いデータが載っている(P.51)。日本はこの5ヶ国中で最高の道路延長距離と道路投資を有している。日本と比較して国土面積が同程度のドイツや1.5倍のフランスよりも、はるかに長い道路を、はるかに高い金をつぎ込んで作っているわけだ。道路投資でいえば、次に多いフランスの3兆2988億円にダブルスコアの8兆2449億円だ。バ、バリバリだぜ!

 それでも、みんなが道路を使ってたらまだいい。しかし、最新の交通センサスでは、明らかに交通需要は減少している。金食い虫の高速道路も、並行する一般道と比べてガラガラだし、最近開通した高速道路は軒並み大赤字だ(すべてこの特集にデータあり)。トホホである。
 やっぱり、今後はもう本当に必要な道路だけを作るようにすべきでしょう。

 そのためには、新規の道路整備の必要性をきちんと討論する場が必要だ。ところがそういう場はほぼ皆無で、あるのは道路族議員と国交省の役人のお手盛りでシャンシャンと事が運ぶ茶番劇のみなのだ。

 新規の道路の必要性は、費用便益分析で計られる。これは、道路の需要予測をもとにその便益を金額化し、必要な費用を上回るかどうかを判断するものだ。一定程度上回れば、道路作りが決まる。
 ところが、この分析にはいくつものカラクリがある。この特集では、2007年11月に出された「道路の中期計画」でのアヤしい操作が紹介されている。

 たとえば、新規に道路が建設されて走行時間が短縮される場合には、「走行時間短縮便益」を計上できる。これがどのくらいの数値かというと、1時間短縮されたら3771円の利益が出るものとして計算している。その道を走る車のドライバーたちが1時間もらえたら、一人当たり3771円稼げるというわけだ。それどんな危険なバイトの時給?(笑)。勤め人だって時給換算したらそんなにもらえてない人ばかりだよ。
 この金額に「×交通量×年数」で便益を計算するから、「時給」が少しでも違えば、計算結果には膨大な差が出る。3771円ってのは、水増しし過ぎでしょう。

 また、さっき述べた交通需要の問題。人口も減るのだし、将来的には交通需要は漸減して当然だ。事実、2007年3月に出された交通センサスはそうしたデータを示している。
 ところが2007年11月に出された「道路の中期計画」では、これを(おそらく意図的に)無視し、2002年公表の高い需要推計値を使って計算をしている。おまけに、今から30年後~50年後の20年間は、交通需要は低下せず一定と見なすなどと、ありえない仮定をしている。要は、不当に高い交通需要をはじき出しているわけだ。

 さらに、実際に道路を作る際に、その地域の住民へ行う説明もひどい。この特集では個別事例として富山市の高架化の例が紹介されているが、国交省の役人がこうした費用便益分析の結果をちゃんと説明したくない様子がアリアリだ。やたらと高い評価値を口頭で説明しただけで、「事業化したときそのつど変わる可能性があるから」と文書は配布しない。ていうか、あまりにお粗末な分析だから配布できないんでしょ?

 繰り返すが、私は必要な道路は作ったらいいと思う。その必要性を正々堂々と明らかにせよと言ってるだけだ。
 必要性ったって、何もお金に換算できるものだけでなくてもいい。とくに地方の道路に関しては、住民の生活における具体的なニーズまで盛り込んで、要不要を議論したらいいのだ。

 なぜそれをしないのか。できないからじゃないのか?必要性を担保してくれるようなちゃんとした説明が付けられない道路ばかり作ろうとしてるからじゃないのか?
 「そんなことはない、説明しようと思えばできるが、そうした議論は往々にして長期化するので、着工すべき時期に着工できなくなるからやらないのだ」という意見もあるかもしれない。でもそれは、「着工すべき時期」じゃないってことだろう。何百億、何千億もの費用がかかるものを、この財政逼迫の折に、必要性も明らかでないままどんどこ作ろうっていうのは、頭がいかれてる

 道路族議員、国交省の役人、天下り先の法人、高速道路会社とそのファミリー企業、土建屋の、誰も未来を見てない。目先の金しか見てない。最大50兆円にもなろうかという新たな借金を次世代に押し付けることに、罪悪感のカケラもない。そうした上の世代のふるまいを見て、若者や子どもが呆れていることに、恥を感じることもない。

 国土のすみずみまではりめぐらされた道路。それらをほとんど使うことなく、借金にまみれてどんどんと減ってゆく国民。

 まるで滅亡寸前のローマのようだよ。

[MEMO]------------------------------

*片山善博・慶大教授(前鳥取県知事)の「納税者は道路だけを利用して生きているわけではない」(P.42)という言葉がすべてかと。

*道路整備の必要性を訴える議論の中に必ず、公共事業が地元の労働者にもたらす経済効果の話がまぎれているが、こんなのはもうナシですよ。その公共事業をひねり出すために多額の借金をして、結局は税金でそれをまかなうことになる。そうするとまたいろいろ増税が必要になる。国民が自分で使える金は減る。消費は冷える。非正規雇用が増える。

 …一部の土建屋を過剰に潤わすために、なぜみんなで沈んでいかなきゃならないのか?おまけにそこで生まれるものはおよそ必要性に乏しいものなのだ。まったく理解に苦しむ。

*税金はある程度取っていかれたって構わない。それが未来につながるなら。東洋経済2007年1月12日号の特集「北欧はここまでやる」には、高負担の税制の中でも国が成長を遂げ、国民が幸福を感じられる仕組み作りが十分に可能であることが示されていた。

 教育にかかる費用が少なく、雇用は転職支援も充実していて、老後のケアは手厚い。だからかえって可処分所得の中で自由な消費ができる。高齢世代から現役、子ども世代まで、未来に向かってきちんと循環する社会だ。

 もちろん北欧もいいことばかりではないし、国民性の違いもあるので高負担高福祉を日本にすぐに導入すべきとは思わない。ただ、年金、介護、医療、子育て等、どの問題をとっても、日本はうまく税金が使えているように見えない。正確にいえば、問題が起こってから税金の使い道を柔軟に変えるチカラがまったく欠けている。道路問題は、その象徴でしょう。

 それこそ、雇用支援特定財源とか、出産・子育て特定財源とかあってもいいくらいじゃないか?

*(2008.3.19追記)今日の夜のニュースでは、道路事業費が計画段階よりも8兆円も膨らんでいたとの報道も出ていた。なるほど、その手があったか~(苦笑)。はじめに納得できる程度の費用を示しておいて、後でこっそり上積みする。

 NEWS ZEROでは、沖縄の道路で300億円と見積もられていた事業費が、結局1200億円になった例が報じられていた。ぼったくりバーか。芋洗坂係長カモン。

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