「すべらない話」ができるトークの達人に憧れる。理由はふたつある。ひとつは、何かの出来事を語るとき、自分じゃあんなに「面白く」仕立てられないから。もうひとつは、自分じゃあんなに「わかりやすく」仕立てられないから、である。
テレビのトークに「わかりやすさ」は絶対不可欠である。「すべらない話」は決して「わからない話」であってはならない。理解してもらえないエピソードで笑いは取れない。
じゃあどうやって話を「わかりやすく」してるのかというと、それは話し手の「編集」によるのである。「面白さ」を引き出す前提となる「わかりやすさ」を作るために、エピソードの一部を省略したり、時系列を入れ替えたりといった「編集」にタレント・芸人が腐心しているのがテレビを見てるとよくわかる。
この「編集」の結果、実際に起こったことと話の内容に多少ズレが生じたとしても、笑いが取れればテレビ的にはオッケーである。誰かが「ホンマか~?」というツッコミをしたりするが、本気でその話を疑っているわけではない。あれは「ビックリした~」とほぼ同義のにぎやかしである。
さて本書のテーマは、被告人や目撃者の「証言」である。著者は言う。
証言では語られた記憶が聞き手に素直に受け入れられることはまずない。この点で証言はすでに非日常的な行為である。
証言に対しては、相手方の陣営などからその信憑性が真剣に問われる。裁判や捜査の行方を大きく左右することもある。そんな状況下で「正確な記憶」を述べねばならない。これは実は相当のプレッシャーである。
なぜなら、困ったことに、記憶は非常にうつろいやすいからだ。そのことが、本書の冒頭の2章でよく示されている。
ただ単に、起こったことを忘れるだけなら実害は少ない。だが、記憶は時とともにその内容をゆがめ、事実とかけ離れたものに変容することが多い。ウォーターゲート事件の証人ジョン・ディーンの例を見ると、彼の内部で「常識」と「意味付け」によっていかに記憶が書き換えられたかがわかる。
さらに、われわれは日常的に、お互いに記憶を補完し合って生活している。著者はこれを「ネットワークする記憶」と呼んでいるが、他者と相互確認を重ねること(共同想起)で自分の記憶は他者の記憶を取り込んで、出所がどんどん不明になっていくものだ。
こうした記憶の性質が「証言」の場面で顔を出すと、意識的・無意識的な同調や誘導につながる。取調官の発言やマスコミの報道に話を合わせなきゃという心理がはたらいて、証人の記憶が「汚染」されるのだ。証言の信憑性に対する強いプレッシャーにさらされていると、他者からの情報にすがりたくもなるだろう。
そしてもっともタチが悪いのは、これらの不正確な記憶を、当の本人は正しいものと確信している場合が多いことなのである(正確さと確信度の乖離)。
こうして見ると、誰かの記憶を頼りにした「証言」は、「疑い出したらキリがない」ものだとわかる。だから、日常生活やテレビの中では、他人の記憶に基づく話を本気で疑ったりしないという「お約束」がある。
しかし司法の場では、そんな「お約束」を認めるわけにいかない。不確かな記憶に基づき、誘導の可能性がある「証言」だとしても、それが最重要の証拠となるときもある。ではそれは果たしてどこまで信じられるものなのか?
本書の後半は、この難問に心理学者たちが取り組み奮闘する様子が書かれている。自分の専門研究を社会の中で役立てようという姿勢に、深い感銘を受ける。
ただ、これって、「物証」を得るための技術がもっと進歩し、取調べが十分に可視化されれば、あまり問題にならなくなるところなんだよね…。ある人が犯人かどうかの判断は、豊富に「物証」を集めることで精度を上げられるし、証言を取るしかない動機の解明なんかでも、取り調べを監視することで不正を防げる。司法の手続きに「真偽の不確かな証言」が入り込む余地を減らしていくことが、将来的には可能なのだ。
つまり、司法制度での「証言」をめぐる究極の理想は、「証言の心理学」が無意味となるような制度と技術を作り出すことだ、といえるのではないだろうか。
[MEMO]------------------------------
*最後の一文は、この分野の人たちの頑張りを否定するわけではもちろんないので、悪しからず。あくまで、「理想」は不確実な記憶に頼らずに済むことだと言っているだけで、「現実」はまだそれにほど遠いので、心理学者に出来ることはごまんとあると思ってる。
仲真紀子「認知心理学の新しいかたち」の第一部にも、心理学的アプローチのそうした可能性が示されていた。こちらは、本書でも取り上げられている「クローズド・クエスチョン(閉じた質問)」の問題等を理解するのに役立つ。
*朔立木「死亡推定時刻」で描かれた冤罪事件と、本書に登場した実在の事件の間には多くの類似点があった。改めて、司法の限界を思い知らされた感じ。それには日本特有の問題もあるし、人間の根本的な能力の問題もある。
最近のコメント