文化・芸術

2008年4月 1日 (火)

大胆極まりない「数寄者史観」―「へうげもの 1~6服」

 ずっといい評判を聞いていたので、いつかは読もうと思っていた一作。6巻が出たのを機に、そろそろかと手を出してみました。

 結果。この面白さはただ事ではないです。私の中でいま最も続きが読みたいマンガのひとつに躍り出ました。

へうげもの 6服 (6) (モーニングKC) へうげもの 6服 (6) (モーニングKC)

著者:山田 芳裕
販売元:講談社
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 主人公は、織田信長に仕え、秀吉が天下を取った後はその重臣となった戦国武将・古田左介。この人の造型がとにかく秀逸なのです。

◆ 筋金入りの「数寄者」

 「へうげもの」とは、「ひょうきんもの」の意。「武」に生きるべき戦国の世にあって、茶器だの椀だの飾り箱だのといった「名物」のことが頭の大半を占めているという、「数寄」を愛する変わり者の武将。それが、古田左介なのでした。

 とにかく、戦の中で戦を忘れることランバ・ラルのごとし。というとジオン軍大尉に失礼なくらい、合戦のさなかに「名物」を追い求めます。ひとたび敵の城に攻め入ったなら、敵の兵士には目もくれずに「名物」を探す。素晴らしい「名物」を手に入れるためなら、時には敵将さえ見逃すし、戦利品をちゃっかり懐に入れたりもします。

 こんな部下、持ちたくねえ~(笑)。

 …と、思うのですが、これがどうして本当に憎めないキャラクターで、自分が信長や秀吉だったとしてもおそらく手元に置いておきたかったのではないかと。趣味に走り過ぎてしまうところがあるとはいえ、根は純粋ですし、「数寄」にかける情熱が戦や政で役立つこともあるので、上司からすれば異能の部下として重宝するんじゃないかと思います。
 おまけに、たまに名物をあげときゃ忠誠度が猛アップしますからね。好みに合わないとがっかりされますが。まさに光栄のシミュレーションゲーム感覚(笑)。

◆ みんな「数寄者」

 ただ、左介ほどではないとはいえ、戦国武将の多くがこんな価値観の持ち主として描かれています。「名物」をひと目見たい、手に入れたいと、戦の方針を変えたり大金をはたいたりします。信長も、秀吉も。
 まあ天下人や大大名は権力の象徴としてそういった物を求めている感じですが、中には純粋に愛でる対象として欲している人たちもたくさん出てきます。それで命を落とす松永久秀とか、逆に名物を持ってとんずらする荒木村重とか。

 そしてその頂点が、千利休です。武将じゃないけど、このマンガの頂点に君臨する人物は千利休と言って過言ではないでしょう。
 その大物ぶり、黒幕ぶりたるや、私の大金時も青大将なみに縮むといった塩梅(なんのことかわからない人は本作を読もう!)。信長暗殺から光秀を打倒して秀吉の天下統一へと時代が大きく動いた背後には、「美」の統一をたくらむ千利休がいたのであります。

 なんと大胆な歴史解釈。トンデモに聞こえるかもしれませんが、読んでたらその世界観と相まってねじふせられます。
 思えば、交通の便が悪くて文化レベルもそれほど高くなかった時代、「美」は少数で、かつ偏在していたわけです。それらをすべて自らの手中におさめたいと思うのは、ある意味で「強者」の当然の欲求だったのかもしれません。

 美しい物を手に入れたいと思う武将たちが戦い、美しい物とは何かをコントロールしたいと思う千利休が陰で糸を引く。本能寺のような有名なエピソードも、通説に逆らって驚きの展開を見せます。このマンガを読んでいると、なんだか、歴史は「数寄」によって動かされていたかのような気がしてきます。
 司馬遼太郎の作品に見られる特徴的な歴史観を「司馬史観」といいますが、この作品はいわば「数寄者史観」で貫かれているのですね。

◆ 自分も「数寄者」

 で、なんでそんな話を読んでてそれほど面白いのかというと、やっぱり自分も「数寄者」だからなんですよね(笑)。

 この作者、「デカスロン」の頃から知っていますが、単行本は今回初めて買いました。「デカスロン」はヤングサンデーで毎週欠かさず読むくらい面白かったのに、単行本をそろえる気にはなれなかったのです。

 絵がね。左介流にいえば、「どばあ」って感じの絵がどうも生理的にダメだったのです(笑)。

 ところが、この「へうげもの」をちょっとブックオフで立ち読みしたところ、実にイイ感じでアクが取れてて。昔みたいなものすごいデフォルメは抑えられ、人物の表情の豊かさがうまいこと残り、背景はほどよく枯れていて、全体として画面が「美しい」のです。「しゃさぁ」って感じ(と言われても)。
 おまけにストーリーが実に面白い。ブックオフで2巻まで読んで、「どうにもこれは買わねば気が済まぬぞォ古左!」となりました。(実際、「続きを読みたい!」と思わせるように、各巻のヒキにはかなり気を遣っている感じがします)

 そこで私の中の「数寄者」は、普通の書店へと新品を買いに走らせるわけです。しかも、すでに読んだ1、2巻も含めて6巻全部。
 この変なこだわりと蒐集癖。左介の振る舞いに似ている気がしてならないです(笑)。

 ともあれ、本当に面白い「へうげもの」。今、古田左介は古田織部正となって、焼き物のブランドを作る一大プロジェクトに乗り出しています(これを完全に私費でやってるのが男前)。
 平時にはそれもよいでしょう。しかしこの先には、関ヶ原が待っている。再び戦時となったとき、左介はどのように立ち回るのか。実に見物です。

へうげもの 1服 (1) (モーニングKC) Book へうげもの 1服 (1) (モーニングKC)

著者:山田 芳裕
販売元:講談社
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2007年9月20日 (木)

男は恋に恋焦がれて吉原へ―「吉原手引草」

 いやはや面白い。直木賞の名に恥じない。この作者の引き出しは深いなあ。

吉原手引草 吉原手引草

著者:松井 今朝子
販売元:幻冬舎
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 同じ作者の作品で、先に「仲蔵狂乱」を読み、この後「辰巳屋疑獄」も読んだ。それらは、ひとりの人間の生涯を軸に、史実をまるで見て来たかのように活写する作品だった。ひとりの生涯を追うということは、物語上の時の流れも自然と速くなる。次々と事件が起きては終結し、「時代劇版ジェットコースタードラマ」とでも言うべき面白さがあった。

 それに対して、本作。こちらの時の流れはほぼ止まっている。江戸の吉原で栄華を極めた花魁・葛城。彼女をめぐって起きた「事件」について、その周囲にいた関係者から話を聞き出して、薄皮を剥ぐように少しずつ全貌を明らかにしてゆくという物語だ。地の文はなく、すべて談話のテキストだけで書かれているという、凝った趣向のミステリだ。

 また、吉原に行ったことのない男がどう登楼して花魁と馴染みになってゆけばいいのか、初手からわかるように構成されている。ちょっとずつ吉原の仕組みを知り、「事件」の重大さがわかってくるという寸法だ。締めもぴったり「腑に落ちる」。実にうまい。

 それにしても、廓遊びはたいへんだね。何をするにも金が入り用。容姿や風情も粋じゃなけりゃ花魁に好いてもらえない。おまけに、引く時は引き、押す時は押すという駆け引きの腕まで必要だ。つまりは、男の全存在が試される。

 それで思ったのは、「これって現代の普通の恋愛だよね」ということ。現代で一般の女性と恋愛しようと思ったら、真実、このくらいはたいへんなわけです(笑)。「吉原」という響きから、現代のホステス遊びと似たようなイメージがあったが、案外普通の恋愛の方が近いのではないだろうか。

 考えてみると、江戸の頃は、武家や商家なら家のためになる結婚が強制されるし、一般の町人なら周囲が世話して若い男女を娶わせるのが普通だった。押しなべて、自由恋愛が今よりも起こりにくい世の中だったといえる。

 それだから、現代人だったら世間でやれるような、惚れた腫れたの男女の駆け引きをしたくて、男はわざわざ吉原に行ったのではないか。お金を払ってまでそんなたいへんな思いをするなんて、と思うけど、そういう欲求を満たし得ない時代を現代人の私は体験的に知らないから、そんな風に思うのかもしれない。

 最後に。この作品は、「仲蔵狂乱」や「辰巳屋疑獄」といった史実物と比べ、(面白さはそれぞれにあるけれど)技術点は一等高い。直木賞を獲ったことにまったく文句はない。

 だけど、北村薫「玻璃の天」はそんなに落ちるかなあ。まあファンの繰り言ではありますが、何だかまた残念になってきた(笑)。

[MEMO]------------------------------

*花魁をひとり身請けするのって、本当にたいへんなお金がかかるものだね。村上もとか「JIN」の花魁・野風のように、身請けが破談になっても円満に廓を出られるなんて、普通じゃおよそあり得ないことのようだ。

 花魁が廓から勝手に抜けることは決して許されない。「吉原手引草」には、客と駆け落ちを計画してばれた花魁は、素っ裸で梯子に縛られ、尻や背中の肉が裂けるほど青竹で繰り返し打ちすえられるとあった。

駆け落ちを失敗(しくじ)ったら、こうしてとことん痛い目に遭わせて、それがいかに割に合わないかをまわりに思い知らせるんですよ。ああ、たしかに仰言えす通り、それでも駆け落ちしようとする者はあとを絶ちませんがねえ。

 だがそれでも駆け落ちするときはするのだ。そこに女の業が見える。と同時に、こうした環境の中だからこそ、本作の「事件」の顛末が、いっそう清々しいものに感じられるのである。

JIN―仁 (第1巻) JIN―仁 (第1巻)

著者:村上 もとか,酒井 シヅ,富田 泰彦,大庭 邦彦
販売元:集英社
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2007年9月11日 (火)

デビュー年にしてこの貫禄―「仲蔵狂乱」

 前にも書いたけど、第137回直木賞を北村薫が逃したのはファンとして残念だった。そのとき、「吉原手引草」で見事受賞したのが松井今朝子。彼女がデビューした1997年に書いた作品を読んでみた。

 正直、手に取ったときは、「玻璃の天」を落とした作者はどんなもんかなと値踏みするような邪な気持ちもあったけど、まあとにかく読んでみてからと、虚心坦懐で本を開いてみた。

 そしたら面白いのなんのって。

仲蔵狂乱 (講談社文庫)
Book
仲蔵狂乱 (講談社文庫)
著者 松井 今朝子
販売元 講談社
定価(税込) ¥ 790

 初代中村仲蔵という人の生涯を軸にして、江戸の歌舞伎界を活写する作品なんだけど、まずこの人を主人公に据えたことが成功のモトだろう。とにかく波瀾万丈を絵に描いたような人物なのだ。

 まず生い立ちからして、親の顔も知らぬ身無し子である。梨園にもらわれ、踊りを仕込まれ、子役から出世するも、とある顛末で舞台を去る。しかし市井で食い詰めて、いちばん下っ端の稲荷町と呼ばれる身分からやり直す。辛い下働きが続く。

 そこから、再び役者として認められていく過程がアツい。「朱雀の章」と作者は名づけているが、実際、読んでいて体の芯が燃えてくる。とくに、「仮名手本忠臣蔵」の定九郎役で一気に運をつかむあたりは、それまでの艱難辛苦があるから、大きなカタルシスが来る。

 だがその後も、一粒種の子どもを亡くしたり、「気の方」(今で言う、うつのようなものか)で舞台を休まざるを得なくなったりと、とにかく試練の連続だ。だが、着実に芸は伸び、世間の人気も上がる。

 最終的に彼が一年の給金にして文字通りの「千両役者」となるまでの道筋は決して平坦でなく、それゆえ読んでいて飽きるということがなかった。

 繰り返すが、この中村仲蔵を主人公に選んだところが、本作の成功のモトである。

 ただ、その選択は、作者の該博な歌舞伎界についての知識からすれば、きっと必然のものだったろうと思う。作者本人については長く歌舞伎の仕事に携わっていたということ以外よく知らないんだけど、歌舞伎界の仕組みや作品の詳細、関連する江戸風俗についての書き込みが、素人が一朝一夕には絶対に到達できないレベルなのだ。デビュー年にしてプロとしての貫禄(ヒレ)がある。

 だからきっと、中村仲蔵がいちばん「映える」と作者にはわかっていたんだろうと思う。

 それでも、他の役者たちも実に粋なのだ。とくに、五代市川団十郎と四代松本幸四郎は生い立ちや人物像も魅力たっぷりで、仲蔵と合わせて3人を主役格にした物語も、この作者なら必ず出来ると思った。デビュー年ならいざ知らず、直木賞も獲った今なら、そのくらいスケールの大きな話を書いても十分読者は付くんじゃないでしょうか。

[MEMO]------------------------------

*いや~、歌舞伎の世界にはやはり男同士の関係も普通にあるものなのですなあ。念者という言い方は初めて聞いた。勉強になる。

*はっきりとおぼえていないのだが、定九郎の扮装をそれまでと変えたというエピソードは、テレビの落語かなんかで昔見たことがある気がする。あれは仲蔵の話だったのか…?

*実は直木賞受賞作もすでに読んだ。感想はまた後日に。

*歌舞伎の世界は奥があって、なかなか深入りしようという気にはなれないのだが、こういう風に物語に仕立ててもらうと安心して楽しめる。もう10年以上前になるが、栗本薫「絃の聖域」がこの世界を題材にしていて、ミステリーとしてもさることながら、伝統と因習の世界の物語として興味深く読んだ。

絃の聖域〈上〉
Book
絃の聖域〈上〉
著者 栗本 薫
販売元 角川書店
定価(税込) ¥ 546

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