趣味

2008年1月12日 (土)

美しき麻雀破滅旅情―「麻雀放浪記 2巻」

 1巻も良かったが、2巻は輪をかけて素晴らしかった。

麻雀放浪記 2 風雲篇 (2) (文春文庫 あ 7-4) 麻雀放浪記 2 風雲篇 (2) (文春文庫 あ 7-4)

著者:阿佐田 哲也
販売元:文藝春秋
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 1巻から数年後、主人公がヒロポン中毒になっているというショッキングな出だし。露店博打で三島から沼津へと渡り、夜汽車でアトサキをやりながら関西へ。大阪で初めてブウ麻雀を経験し、神戸で強者とやりあい、京都の博打寺でツモ麻雀。放浪記」の名にふさわしい展開だ。

 登場人物も多彩で、あっちの勝負で出てきた奴がこっちの勝負にも絡んできて、あるときは敵、あるときは味方となるなど、バトルマンガのような興奮もある。その中で、最後には誰かが破滅するまで、彼らは打つ。

 主人公が、桐谷という年長の博打うちから、「玄人同士で競って何になる、素人を狙って金を取れ」と忠告されたことを思い出すシーンがある。

桐谷の言葉の意味はよくわかる。勝負ごとに限らず、それが生きる知恵というべきであろう。しかし結局、私はよほど腹の減ったとき以外は、桐谷の忠言を実行しなかった。出目徳もドサ健も、そうできなかったのだ。私たちにできるのは、砂漠のガラガラ蛇のように、くたばるまで戦うことだけだった。

 まさに。まさにそういう人間たちの死力を尽くした戦いが繰り広げられるのであった。

 そして勝負がつき、誰かが破滅したらどうなるかというと、これがびっくりするくらいさっぱりと美しいのである。大阪の麻雀クラブや京都の博打寺での顛末など、破滅した方とさせた方のあまりの頓着のなさに驚く。金も住処も女も、彼らにとってもちろん大事なもので、敗者はそれらを根こそぎ奪われてしまうのである。でも彼らは文句は言わない。言えないのでなく、言わないのである。…その潔さ、どこか間違ってないか?(笑)

 あと、ドテ子がいい。この巻では3箇所、胸にぐっとくるウェットな場面があったのだけど、これに全部絡んでいるのが彼女なのだった。彼女が競輪帰りの麻雀でひとり負けるシーンと、ラストの電車の中と、あとこれはまあベタ中のベタではあるけれど、彼女と主人公とが寝るシーン。

「大丈夫なの、そんなこといって。リーチしたらもう手は変えられないのよ」

※ 1巻の感想

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2007年7月 3日 (火)

鉄は熱いうち?―「男の子の鉄ちゃん脳は0歳から始まる」(AERA 2007年7月9日号)

 男の子、0歳、鉄ちゃんときた。ジェンダー、生まれか育ちか論争、鉄ちゃんのこだわりと、四方八方に向かって火の粉を飛ばしてる。これを読んでみんなが素直に納得するとはとても思えない(笑)。

 少なくともこの手の話をいま活字にするなら、「うちの子はやっぱり男の子なんで、電車とか好きでねえ」っていう日常会話レベルをきちんと超えなきゃつまらないと思う。

 男の子の鉄道好きは、生まれつきそうなのか?それとも、親が電車のおもちゃとか与えちゃったから、そうなったのか?ということは、普通の家庭では区別できない。そんな男の子にはたいていの場合、親が電車のおもちゃを与えてしまっているからだ。当の本人に欲しいかどうかを確認せずに(笑)。

 だから、男の子の鉄道好きは、先天的にそうなったのか後天的にそうなったのかを、日常観察できちんと確かめることはなかなか難しい。そこで、コントロールされた実験状況下で赤ちゃんを調べた研究がいろいろ存在するわけだ。この記事はそういう研究にはほとんど言及しておらず、全体的には、まあ日常会話レベルでおしまいかなあという感じ。

 ところが、その中でひとつだけ面白い話が登場する。ジェンダー論の研究者、加藤朋江氏の2歳になる長男のエピソードだ。加藤氏は、

男性と女性とは、生まれついての身体の差異というよりも、それを根拠にした文化によって後天的に差異が広がるという考え方にこれまで親しんできた。

 ところが、性差を意識させずに育てたいと思った2歳の長男が、勝手に鉄道好きになってゆく。そのため、

この子を通じて電車の世界を垣間見、私が所属している場所とは違うジェンダーの世界があることを知るにいたった。

 生まれつきの性差を極力否定しようというサイドの人から、こんな率直なエピソードが出てくるのはたいへん意義がある。表情研究の第一人者、ポール・エクマンはこう言っている。

行動科学で発見されるものは、科学者の期待に添うよりも添わなかったときの方が信用できる。(「顔は口ほどに嘘をつく」P42)

 どんな人でも、「自分の見たいものしか見ない」という不正なフィルターをもっているので、それをくぐってきた「期待に添わない」結果は、逆に非常に価値が高いということだ。だから、加藤氏の記述は実験的なコントロールも何もない日常観察の結果だが、じゅうぶんに興味深い。これは思わぬ掘り出し物だった。

 ご長男の将来が実に楽しみだ。いっそのこと教育の効果によって、この先、人形好きとかに育ったりしないかな(笑)。

[MEMO]------------------------------

*この記事では、5歳から9歳くらいまでの男の子の鉄道好きエピソードが紹介されるのだが、もうそれが強烈すぎて。将来が不安になるくらいすごくオタク(笑)。鉄道に限らず、これだけの熱意でオタク的に物事を極める傾向って、小さな女の子にあるのだろうか…、とも考えてしまう。

*この記事でも登場する、サイモン・バロン=コーエンは、生後1日の段階で、男の赤ちゃんは機械的に揺れるモビールを見ることを好み、逆に女の赤ちゃんは人の顔を見ることを好むことを明らかにしている。

 また、英米の研究者グループがベルベットモンキーのおもちゃの好みを観察した研究では、オスはトラックといった「男の子的なおもちゃ」、メスは人形といった「女の子的なおもちゃ」で遊ぶことが多いことが報告されている。

 こうしたデータは、大人で観察される「好み」の性差が社会的影響によって決まるという考え方に反するように思われる。また脳の構造に関しても、男性と女性では前頭葉から後頭葉まですべての葉で、ある部分は男性が大きく、別の部分は女性が大きいという解剖学的な差がみられるという。(日経サイエンス2005年8月号)

*ただ、これをただちに男女の能力差に結び付けるのは、短絡的すぎる。茂木健一郎も「脳とコンピュータはどう違うか」の中で「世間で喧伝されている男女の脳差うんぬんの議論を鵜呑みにすることは大変危険だ」と述べている。

 泥沼になりそうなのでもう止めるが、要はバランス、ということでしょう。

*佐々木倫子・綾辻行人による推理マンガ「月館の殺人」は、鉄ちゃんは生まれつきか否か、という検討にはあまり役に立たないけれど、一般女性と男性の鉄道に対する態度の違いをよく表しているのでは。

 舞台は冬の北海道。吹雪の夜、豪奢な調度を備えたSL車内で、人が死ぬ―。

 っていうサスペンスフルな話なのに、どこか緊迫感に欠ける。それは、佐々木倫子の持ち味か?いやいや、それは、あまた登場する、ファニーな鉄ちゃんたちのせいだ!!(笑)

月館の殺人 上  IKKI COMICS 月館の殺人 上 IKKI COMICS

著者:佐々木 倫子,綾辻 行人
販売元:小学館
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2007年6月22日 (金)

才能がもたらす鬼気と苦悩―「児玉清、大崎善生対談」

 作家の大崎善生と、読書家で知られる俳優の児玉清の短い対談。PHP研究所が出している機関誌みたいなブックレット「PHP」に載っていたものなので、アマゾンリンクはなし。一応、定価190円って書いてあるけど売ってなかった(保険外交員の方からいただきました)。

 大崎善生は「聖の青春」や「将棋の子」など、将棋界を題材にした作品で世に出た印象が強い。「聖の青春」はそのテーマ自体があまりに有名なせいでかえって未読なのだが、「将棋の子」は読んだ。将棋にすべてを捧げた若者の鬼気と苦悩が鮮やかで、実によかった。

 

 この対談というかインタビューは、そんな大崎が小説家になるまでを簡単にまとめたもの。ああ、この人も棋士と「同じタイプ」なんだなと思った。

大崎 …小説家になるためのカリキュラムを子どもなりに組み、本を読みはじめたわけです。中学一年から三年間は読む体力をつけるために長編の世界全集に取り組む、高校一年から三年間は哲学書を読んで理論武装をしていく、大学へ進学したら最先端のアメリカ文学を読み、大学を卒業して一、二年後に作家デビューしようとスケジュールを決めたのです。

児玉 そのカリキュラムどおりになさった?

大崎 やりました。

 

 それでも結局、大崎は何も書けなくて、一度は作家への道をドロップアウトするのだ。この軌跡が、才能にあふれ棋士を目指して奨励会に入ったものの、プロになれずに消えていく若者と重なる。だから彼は「将棋の子」が書けたんだろう(あるいは、「聖の青春」もそうなのかもしれない)。

 ちなみに、児玉さんの発言部分は、あの口調に変換して楽しむのがいい(笑)。

[MEMO]------------------------------

*彼の処女作?「パイロットフィッシュ」は、「聖の青春」を書いているときに、「自分は小説家を目指してきたのだから、百枚以上の小説を書いてからでないと、村山君の人生を書く資格がない」と考え、必死に書き上げたものだという。これは読んでみたくなったよ。

*「発信できる人間になりなさい」という偉い先生のスピーチを聞いたことがあるのだが、私はぜんぜんそうはなれてない。でも、大崎の以下の言葉に、「まあまだ先があるか」とも思えた。

でも、アウトプットできるようになったのはここ五年ぐらい。三十年間はずっとインプットしてきました(笑)

将棋の子 将棋の子

著者:大崎 善生
販売元:講談社
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