小説

2008年3月12日 (水)

自分なら死んでいる―「上と外 上巻」

 熱帯の密林で繰り広げられる、少年と少女のサバイバル劇。大人たちの救いの手は二人に届くのか?そして彼らにつきまとう謎の存在の正体は?

 まだ上巻しか読んでないせいもあるけど、これは未読の人の興を削がないようにあらすじを紹介するのが難しい。ええっ、こんな展開になるの!?ってところがいくつもあるので、それらを伏せるとなると書くことに困る(笑)。

上と外 上 (1) (幻冬舎文庫 お 7-9) 上と外 上 (1) (幻冬舎文庫 お 7-9)

著者:恩田 陸
販売元:幻冬舎
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 本作は、2000年8月から2001年8月までに文庫本6冊に分けて刊行された作品を、2003年に単行本として合本して、それをまた上下巻で文庫化したものだ。一粒で三度美味しい商売である。それだけ恩田陸が売れるということだろう。私も6冊刊行のときは横目で眺めてるだけだったし単行本になったのは知らなかったのだが、結局今回ので釣られてしまった。

 で、内容はまだ海のものとも山のものともつかず、わかるのは森のものであることくらい(<我ながらくだらない)。すっきりした文体と改行の多さで、ページ数のわりにスラスラと上巻を読み終えられた。今のところ、とても面白い。あとは下巻でどう収束するか

 ネタバレになるので詳細は伏せるが、私の男性的な視点では、主人公たちの母親である千鶴子がちょっと気に食わない。でも、女性の作者なだけに最後は悪いようにはしないだろう。それは別に構わないけど、問題は過程。月並みに改心されたらヤだなあと思う。彼女が信念を貫く形で、万事まるくおさまることはあるか。それが楽しみ。

 あと、主人公の少年少女は実にかしこい。とくに少年のほう。これで中学生か…。自分が中学生で密林に放り出されたら絶対死んでる。ていうか、いまこの年でも死ぬな(笑)

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2008年2月29日 (金)

今月?のベスト&リスト(2007年12月~2008年2月)

 年をまたいで、ようやくリスト化するくらいの数まで感想がたまった。ということで、2007年12月から2008年2月までに感想を書いた14の本の中からベストを。

◆ベスト 【フィクション】   「リアル 7巻」 井上雄彦

リアル 7 (7) (ヤングジャンプコミックス) Book リアル 7 (7) (ヤングジャンプコミックス)

著者:井上 雄彦
販売元:集英社
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 これを読むと、「SLAM DUNK」はファンタジーだったなと思えるくらいに、リアルな若者のあがきが見える。障害を持つ持たないに関わらず、苦しみながら成長する彼らに、果たしてどんな未来が待っているのか。引き続き目が離せない。

◆ベスト 【フィクション以外】   「寺と墓の秘密 誰も知らない巨大ビジネス」週刊ダイヤモンド1月12日号

 日本の仏教はいい加減だなあということをつくづく実感させられた記事。そのいい加減さが日本人の気質に合ってるんだろうけど、そんないい加減なものでがめつく金稼ぎされてもなあ、と釈然としない。

 上記の作品も含めた、2007年12月、2008年1、2月の感想リストは以下の通り。

「人間モード」はオンで―「GANTZ 22巻」

あえて「救い」のない展開にすることの意味は―「模倣犯 1~5巻」

一刻も早く治さなければならない、という重圧―「薬でうつは治るのか?」

戦いは終わらない―「麻雀放浪記 1巻」

プロ野球罰シリーズ開催希望―「団地ともお 11巻」

成立はしてるけど、傑作の幕引きとしては寂しい―「皇国の守護者 5巻」

もう誰も解脱しない―「寺と墓の秘密 誰も知らない巨大ビジネス」週刊ダイヤモンド1月12日号

井上雄彦の「覚悟」が見える―「リアル 7巻」

美しき麻雀破滅旅情―「麻雀放浪記 2巻」

いよっ、村上屋~!―「JIN 10巻」

再起不能フラグか?―「風の大地 45巻」

日本のハードボイルドはこうじゃなきゃ―「愚か者死すべし」

熟成されたワインに似て―「もやしもん 6巻」

夏目さんは「ウダウダ」を否定しない―「彼岸過迄」

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2008年2月28日 (木)

夏目さんは「ウダウダ」を否定しない―「彼岸過迄」

 今年度のセンター試験の国語で出題された作品。問題に抜粋された部分を読んで、あまりに面白かったので一冊まるごと読んでみた。

Book 彼岸過迄

著者:夏目 漱石
販売元:新潮社
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 この作品の主人公格は、二人の高等遊民であるといって差支えないだろう。高等遊民は、教育があるのに正業に就かずブラブラしている。連想するのは現代のニートだ。高等遊民には暮らしにあまり困らない良家の子女が多く、ニートとは厳密には異なるが、読んでみてやっぱり重なる部分が多い。

「君、教育は一種の権利かと思っていたら全く一種の束縛だね。いくら学校を卒業したって食うに困るようじゃ何の権利かこれ有らんやだ。それじゃ位地はどうでも可(い)いから思う存分勝手な真似をして構わないかというと、矢っ張り構うからね。厭に人を束縛するよ教育が」

 これは高等遊民のうちのひとり、須永の言葉だが、いまどきの大卒ニートが言っても何の違和感もない。就職コンサルタントとかに「ウダウダ言ってんじゃねー」と言われそうだ(コンサルタントはそうは言わないか(笑))。

 自分の就職の世話をしてくれるかもしれない人に会っても、親や友人と話してても、果ては若い女性の前でも、いつも「ウダウダ」(笑)。とにかく、この、現代にも普通に通用する「ウダウダ」感が読んでいてたまらんのです。

 なぜかというと、この「ウダウダ」の背後にあって常に揺らいでいる微妙な心の綾を、夏目さんは実に丹念にわかりやすく書いてくれているから。自分が「ウダウダ」と悩み行動できなかったときに、うまく言い表せなかった気持ちを、見事にすくい取ってくれている感じ。あーそうそうそういう感じと、かゆいところを掻いてもらった嬉しさがある。しかもその掻き方が優しいんだ。「ウダウダ」を決して否定していない

 いま、勉強や仕事や恋やその他もろもろに「ウダウダ」してる人は、読んでおいて絶対に損はないと思う。自分の気持ちの揺らぎ方を少し上手に見つめられるようになる。いつの時代も同じように戸惑っている人がいることがわかる。そして、そういう人を見つめる優しい目線があることがわかる。

 私も、今よりもっと「ウダウダ」していた過去の自分を、ちょっと優しく肯定してやることができました。

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2008年2月26日 (火)

日本のハードボイルドはこうじゃなきゃ―「愚か者死すべし」

 あやうく、「渡辺」が誰かも思い出せないところだった。それが9年ぶりに新作が出るということの意味だろう(<沢崎ふう述懐)。

Book 愚か者死すべし (ハヤカワ文庫 JA ハ 4-7)

著者:原 りょう
販売元:早川書房
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 しかし面白い。久々にこのシリーズを読んで感じたのは、リーダビリティがものすごく高いということ。一節が10ページ程度でまとまっており、そこで常に何かが起きて何かが謎になり、また何かが判明する。次々に新しい刺激が来るので飽きないし、寝る前の短い時間に読書する私のような人間の場合、この食べ切りサイズがありがたい

 で、あまりにそのまんまで申し訳ないが、それにしても沢崎はシブい。冒頭、すべての発端となる伊吹啓子という女性が事務所を訪れているときに電話が鳴る。相手が訊いてくるわけだ。

「そちらにお客さんで、伊吹啓子さんがおみえになっているでしょう?」

「いや、そんなひとはおみえになっていない」

「え? そんなはずはないんだが……番号は間違えていないようだし……」

「ご忠告すると、あなたがいま電話をかけているところは、客に誰がいるかなどということを、電話の向こうの正体不明の男にぺらぺらとしゃべったりはしないのだ」

 また、ヤクザの手の者が沢崎をつかまえて言うわけだ。

「うちの組長があんたに会いたいそうだ。つきあってくれ」

「組長というのは安積武男のことか」

「そうだ」と、男は我慢強い口調で答えた。

「安積武男に伝えてくれ。私に会いたければ、自分のほうから会いにこいと」

 く~、シブい。でもこればっかだと話が進まないので、すぐに気が変わって組長に会いに行くんだけどね。てことは、このやりとりは沢崎のシブさを見せるための演出か?(笑)まあ、ヤクザの威圧に屈しないタフさはこれで十分に伝わってくる。

 そのくせ、銃を目の前にすると体が固まってしまうところがまた等身大でイイんだ(笑)。銃を持たない日本のハードボイルド探偵はこうじゃなきゃいけない。

 ストーリーは、複数の事件が絡み合う接合点にやや偶然のチカラを借りすぎている気がするのと、真相を意外なところに落としたために案外スケールダウンした感があるのがやや難だが、しかしこれらはまったくの些事であって、とにかく最初から最後まで圧倒的な推進力で読めることは間違いない。

 あとは一刻も早い次回作の刊行が望まれる。本書の後記に、著者はこの9年余り、とにかく優れて面白い作品を短時間で書くための執筆方法と執筆能力の獲得に苦心を重ねた、とあった。

本作がより優れて面白い作品になっていることに、読者のご賛同を得られれば、欣快のいたりであり、短時間で書くことができたことは、本作につづく新シリーズの第二作、第三作の早期の刊行をもって証明するつもりです。

 …早く証明してくれ!(笑)

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2008年1月12日 (土)

美しき麻雀破滅旅情―「麻雀放浪記 2巻」

 1巻も良かったが、2巻は輪をかけて素晴らしかった。

麻雀放浪記 2 風雲篇 (2) (文春文庫 あ 7-4) 麻雀放浪記 2 風雲篇 (2) (文春文庫 あ 7-4)

著者:阿佐田 哲也
販売元:文藝春秋
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 1巻から数年後、主人公がヒロポン中毒になっているというショッキングな出だし。露店博打で三島から沼津へと渡り、夜汽車でアトサキをやりながら関西へ。大阪で初めてブウ麻雀を経験し、神戸で強者とやりあい、京都の博打寺でツモ麻雀。放浪記」の名にふさわしい展開だ。

 登場人物も多彩で、あっちの勝負で出てきた奴がこっちの勝負にも絡んできて、あるときは敵、あるときは味方となるなど、バトルマンガのような興奮もある。その中で、最後には誰かが破滅するまで、彼らは打つ。

 主人公が、桐谷という年長の博打うちから、「玄人同士で競って何になる、素人を狙って金を取れ」と忠告されたことを思い出すシーンがある。

桐谷の言葉の意味はよくわかる。勝負ごとに限らず、それが生きる知恵というべきであろう。しかし結局、私はよほど腹の減ったとき以外は、桐谷の忠言を実行しなかった。出目徳もドサ健も、そうできなかったのだ。私たちにできるのは、砂漠のガラガラ蛇のように、くたばるまで戦うことだけだった。

 まさに。まさにそういう人間たちの死力を尽くした戦いが繰り広げられるのであった。

 そして勝負がつき、誰かが破滅したらどうなるかというと、これがびっくりするくらいさっぱりと美しいのである。大阪の麻雀クラブや京都の博打寺での顛末など、破滅した方とさせた方のあまりの頓着のなさに驚く。金も住処も女も、彼らにとってもちろん大事なもので、敗者はそれらを根こそぎ奪われてしまうのである。でも彼らは文句は言わない。言えないのでなく、言わないのである。…その潔さ、どこか間違ってないか?(笑)

 あと、ドテ子がいい。この巻では3箇所、胸にぐっとくるウェットな場面があったのだけど、これに全部絡んでいるのが彼女なのだった。彼女が競輪帰りの麻雀でひとり負けるシーンと、ラストの電車の中と、あとこれはまあベタ中のベタではあるけれど、彼女と主人公とが寝るシーン。

「大丈夫なの、そんなこといって。リーチしたらもう手は変えられないのよ」

※ 1巻の感想

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2008年1月 4日 (金)

戦いは終わらない―「麻雀放浪記 1巻」

 言わずと知れた、麻雀小説の金字塔。昨年文春文庫で再刊されたので初めて読んだ。

 とにかく強烈。時代を超えて訴えてくる「リアルさ」がある。

麻雀放浪記 1 青春篇 (1) (文春文庫 あ 7-3) 麻雀放浪記 1 青春篇 (1) (文春文庫 あ 7-3)

著者:阿佐田 哲也
販売元:文藝春秋
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 麻雀は現在、マンガとして1ジャンルを築いている。大きく分けて、天才が荒唐無稽に勝つのを楽しむ「ファンタジー麻雀もの」と、詳細に闘牌を描いて競技のように楽しむ「リアル麻雀もの」とが対極にあって、その中間にありとあらゆる作品がひしめいている。

 その源流にあるのが、この「麻雀放浪記」だ。この作品が様々な麻雀マンガでネタにされているのを目にしてきたが、肝心の元ネタを読んだことがなかった。

 そこでこの正月に、まず第1巻を読んでみた。すると目の前には、終戦直後の混沌の中で、昼夜問わず繰り広げられる冷酷無比な博打の宴が現れる。まるでその場に居合わせているかのような臨場感にゾクゾクしながら1巻を読了した。…って、どんな正月だ(笑)。

 1巻を読んで驚きだったのは、闘牌が、(現在の麻雀マンガのようには)それほど重要じゃないこと。もちろんこの後変わってくるのかもしれないけど、「この局面で何切る」みたいなことは、作品全体からいってそんなに大きな比重を占めてない。だいたい、イカサマ連発でやたら早い順目で大きなアガりが出るしね(笑)。

 でも、「リアル」だ。決して「ファンタジー」ではない。

 その「リアルさ」は、やはり主人公やその他の博徒たちの造型が、時代背景にガッチリはまっていることにあるのだと思う。金への飢え、勝利への渇き。勝負の坂を駆け上がるときの灼けつくような欲望と、それを転がり落ちるときの底知れぬ絶望。それぞれの人物に別々の特徴がありながらも、彼らが抱える「博打の本質」がみな同じなのだ。

 そしてそれはとりもなおさず、勝利を目指して戦い敗れた直後という、この「時代の本質」であったのではないかと思う。いわば、日本が復興に向かい少しずつ変質していった中で、もっとも純粋な形で戦争を継続していたのが博徒だったのではないか。

 登場人物たちの、時代背景に照らしてのあまりのリアルさと、現代に引き写したときのあまりのそぐわなさ(笑)に、そんなことを考えてしまった。

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2007年12月25日 (火)

あえて「救い」のない展開にすることの意味は―「模倣犯 1~5巻」

 辛かった。あまりの辛さに、ページをめくる手が止まらなかった。早く救われたくて。

 このリーダビリティ、まさに鬼の所業と言わせてもらう。

模倣犯1 (新潮文庫) 模倣犯1 (新潮文庫)

著者:宮部 みゆき
販売元:新潮社
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 だって、かなり厚めの文庫で5冊もあるのだ。こんだけ長いと、2、3巻あたりで疲れちゃってひと休み…とか言ってるうちに数日経ってなんかどうでもよくなる、ということも起こり得るわけだ。ところがそれがない。途中棄権は不可能。毎晩寝床でなかなか切り上げられず読み続けてしまい、毎朝寝不足でしんどかった。で、寝不足なのに夜が来るとまた読んでしまう。「アラビアの夜の種族」か!(笑)

 読んでる間は、もう祈りながら読んだ。孫娘をさらわれたおじいさんは、娘を失って昏睡する母親は、兄に嫌疑がかかって逃げ隠れて暮らす妹は、果たして救われるのか…。こんな無垢の人たちが一方的に被害者になって終わってしまうなんて、そんな非道が許されていいのか!どうか彼らを救ってやってくれと、もう宮部みゆきに祈るのだ。

 だが、宮部はそんな祈りを拒絶する。安易な「救い」は与えてくれない。私の読後感は、カタルシス2割、やるせなさ8割くらいだった。もっと「救い」のある展開や結末にだって、しようと思えばできるはずなのだ。しかし宮部はあえてそれをせず、「鬼」となった。なぜだろう。

 思うに、この「救い」のなさが、現実の加害者たちへの宮部みゆきからのメッセージなのだ。物語の中で被害者を救うことは、間接的に加害者を救うことになる。それを拒絶したのだ。被害者は決して救われない。いったん失われた命や生活は、二度と取り戻すことができない。そのことを、現実の犯罪加害者たちに少しでも訴えたくて、きっとこうした物語にしたのだと思う。

 そしてその「訴え」は、おびただしい数の犯罪報道に日々接して感覚がマヒしている、われわれ一般大衆に対しても投げかけられているのだ。

[MEMO]------------------------------

*とはいえ、もう少し「救い」のある物語にして欲しかったなあ、とも正直なところ思う。有馬義男のラストの叫びは痛切すぎる。唯一泣いたのがここ。

 この感想を書いていて頭にあったのは「魔術はささやく」で、あれは主人公サイドへの温かな「救い」があった。その感動をしつこく宮部作品に求めている私が甘っちょろいだけなのかもしれないけど、せめてカズの妹さんは救ってあげて欲しかったなあ…。

魔術はささやく (新潮文庫) 魔術はささやく (新潮文庫)

著者:宮部 みゆき
販売元:新潮社
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2007年10月31日 (水)

今月?のベスト&リスト(2007年9、10月)

 10月に感想を書いた本がやたら少なくなっちゃったので、9月分とまとめてリスト化。ちなみに11月は1個もエントリを上げてない(笑)。

◆ベスト 【フィクション】   「夕凪の街 桜の国」 こうの史代

 宮本輝「青が散る」もいろいろ感慨深かったんだけど、わずかなページ数でヒロシマの60年を見事に描ききったこの作品がやはりいちばん心に残った。

◆ベスト 【フィクション以外】   「核兵器のしくみ」 山田克哉

 上の作品とセットで核について考えさせられた。昔は私もそうだったが、ぼんやりと原子力発電所に嫌な印象を持っている人には一読をおすすめする。好きも嫌いも、まず知ってからであろう。核の危険性と安全性、そして代替エネルギーが生まれない限り、この鬼子のような存在に頼って生きねばならない人間の業が理解される。

 上記の作品も含めて、2007年9月と10月の感想リストは以下の通り。

あなたのホルモー属性は?―「鴨川ホルモー」

宇宙最高のヒキ?―「MOON LIGHT MILE 15巻」

働かざる者、読むべからず―「働きマン 4巻」

心理面から見た絶望的「冤罪システム」―「『うそ』を見抜く心理学」

デビュー年にしてこの貫禄―「仲蔵狂乱」

タイガー以降の敵役の難しさ―「風の大地 44巻」

超スケールの二段オチに出会う幸福―「ONE PIECE 47巻」

核を考えるときの土台ができる本―「核兵器のしくみ」

平和の下に埋まっているもの―「夕凪の街 桜の国」

男は恋に恋焦がれて吉原へ―「吉原手引草」

親子は似るからいいのだと思う―「『親子は似る』のウソ・ホント」(日経Kids+ 2007年10月号)

これも何かの縁だ、閉店まで付き合うぞ!―「オーレ! 1~4巻」

「見立て」ができるのは作家の強味―「二人道成寺」

もし医者も患者も「死」を容認したならば―「破裂 上・下巻」

自分の青が散ったのはいつだったか…―「青が散る 上・下巻」

殴り込み前夜―「HUNTER×HUNTER 24巻」

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2007年10月 3日 (水)

自分の青が散ったのはいつだったか…―「青が散る 上・下巻」

 1982年に刊行され、今も読み継がれるという青春の名作。

 まずタイトルがいい。仮定の話だが、同じくらい質の高い作品がふたつあったら、長く残るのは印象的なラベルが付いてる方だと思う。この作品のタイトルは至高のラベルだ。

青が散る 上 新装版 (1) (文春文庫 み 3-22) 青が散る 上 新装版 (1) (文春文庫 み 3-22)

著者:宮本 輝
販売元:文藝春秋
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 大阪の茨木市にできた新設大学(追手門大学がモデル?)に合格した主人公の燎平は、謎めいた美しさと若々しい奔放さを備えた同じ新入生の夏子と知り合う。燎平は、強引に加入させられたテニス部にいつしか打ち込むようになり、私生活でも一風変わった若者たちと知り合いになる。だがその心の中には、常に夏子への秘めたる思いがあった…。

 この恋が決着するまでに、4年である。上下巻かけるのである。現代の若者なら「さっさと告白すりゃいいのに」と、もどかしくなるだろう。でもそこがいいんだよね(笑)。

 人間はみなそうだけど、とくに若者というのは「矛盾の塊」だ。あれもしたいこれもしたいという欲望を抱くが、曲がったことや汚いことは認めないという潔癖さを見せる。また、自分は何だってできるという傲慢さを持つくせに、自分は全く何物でもないという卑屈さを感じている。

 燎平を見ていて、つくづくこの矛盾を実感する。彼は夏子が欲しい、テニスが強くなりたいと願うが、決してそれを曲がったやり方では達成しようとしない。作中にもあるが、覇道と王道なら、たとえ叶わなくても俺は王道を選ぶ、という潔い姿勢に若者らしさを見る。大人になったら、もう安易に覇道を行くからね(笑)。

 そうした彼の姿勢が端的に表れているのが、下の箇所だろう。前後の文脈はネタバレになるので伏せるが、とても象徴的な言葉だと感じた。

人の不幸の上に、自分の幸福など築けるものか。(下巻P.157)

 彼は単なる善人とは言えないようなどこにでもいる若者だが、その彼がこういう言葉を口にするところに若さのもつ価値がある。

 また、傲慢さと卑屈さも若者らしい矛盾だ。燎平は、成金や上流階級の人々に訳もない反感を感じ、ときに傲慢に振る舞う。だが、自分がちっぽけな存在であることも重々承知していて、そんな「今の自分」を意識するときは、卑屈さが顔を出す。

 この卑屈の極みが、夏子に会いに志摩のホテルに向かうことだと思う。あの顛末には、腰の力が抜けた。この衝撃の強さたるや、作者が最も書きたかったのはこのエピソードだとしか思えないほど。

燎平は、自分の顔が紅潮しているのか青ざめているのかわからなかった。(下巻P.187)

 これ、ホントよくわかる。だって読んでるときの自分がそうだったから(笑)。

 欲望と潔癖、傲慢と卑屈。こうした矛盾を溶かしてできるのが、「青」なんだろう。はかなげで美しく、しかしどこか陰鬱で気味の悪い色だ。

 そして、それが「散る」という表現が、読後感にぴったりなのだ。自分の「青」が散ったのはいつ頃だろうか…と思い返してしまう。やっぱり、実にいいタイトルだ。

[MEMO]------------------------------

*矛盾という点では、夏子と祐子に対する燎平の感情も矛盾をはらんでいる。実はこれが作品のいちばん大きな鍵だったりするのが、なんというか、ほんと身につまされる。

*しかし女性に対する通念とでもいうべきものが現代とは全然違うことに、改めて感心した。今の目線で見ると、「社会」がこぞって若い女性を家庭に入れようと圧迫しているみたいに見える。そういう圧力が解けたら、そりゃ晩婚化、少子化にもなるよ。

*安斎の病は、悲痛だ。遺伝の確率が高いとあるが、どうかな…。DSM-Ⅳを見ると、多くの不安障害は、生物学的第一度親族の発現率が一般よりも高いようだが。

青が散る 下 新装版 (3) (文春文庫 み 3-23) 青が散る 下 新装版 (3) (文春文庫 み 3-23)

著者:宮本 輝
販売元:文藝春秋
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2007年9月29日 (土)

もし医者も患者も「死」を容認したならば―「破裂 上・下巻」

 医者も患者も、「生と死」をめぐって、それぞれに宿命的な二律背反を抱えていると思う。

 医者は患者の命を救うために努力する。しかしその裏で、たくさんの実験動物を殺し、技術が未熟なうちは人の命さえ奪うことがある。

 一方、患者は生きたい。誰だってそうだ。でも、老境に入ったとき、ボケるとか寝たきりとかでみっともない姿になって他人様に迷惑をかけるくらいなら、いっそポックリ死にたいと思う人も多いだろう。

 ふつう、両者は「生」への希求において一致して協力する。だがひょっとすると、「死」への容認でも両者の利害は一致することがあるのではないか?

破裂 上 (1) (幻冬舎文庫 く 7-2) 破裂 上 (1) (幻冬舎文庫 く 7-2)

著者:久坂部 羊
販売元:幻冬舎
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 この小説は、「大学病院のウラは墓場」の作者による小説第2作だ。あの本では医療現場が抱える大小さまざまな問題点を医者ならではの視点で冷静に分析してあって、考えさせられるものがあった。

 日本はなぜ長寿世界一なのか。作中に登場する一人の医師が興味深い説を唱える。

「日本の老人は、脳の血管は弱いからすぐ脳梗塞や脳出血で寝たきりになるが、心臓が強いから、寝たきりになってもなかなか死なないんですよ」

 その真偽はさておいて、長寿+出生率の低下で、今の日本は未曾有の高齢化社会であることは間違いない。人口ピラミッドが、逆さになったごときの状況である。このピラミッドを正常化するにはどうしたらいいのか?

 普通の答えは「出生率を上げる」だろう。だが、この小説に登場する厚労省の官僚・佐久間の答えは違う。「老人を減らす」だ。厚生族のドンと言われる国会議員の後ろ盾を得て、彼は密かに「プロジェクト天寿」と題した計画を立ち上げる。

 その最終目標は、「安楽死の合法化」である。その実現に向けて彼が繰り出す方策は、医療施設の許認可、研究資金の配分、マスコミの情報操作など多岐にわたる。官僚が本気になったら何でもできるんじゃないかと思わされる。

 そこに、医療ミスの内部告発に臨む医師と看護師、正義感と功名心に駆られた医療ジャーナリスト、教授選を控えて自らの汚点を隠そうとする医学部の助教授、医療裁判に賭ける遺族などが複雑に絡み合う。彼らの思惑で何度も物語はうねり、上・下巻を読み通すのもまったく苦にならない。

 物語の最後で、ある登場人物は救われ、ある登場人物は闇に堕ちる。それらの結末には、医療における「死」をいかに扱うべきかへの作者のメッセージが込められているように思う。それは、「死」への容認において医者と患者が安易に一致することをよしとしない、作者の医師としての意思表明ではないだろうか。

[MEMO]------------------------------

*安楽死とか医療ミスとか、本書で取り上げられている医療をめぐる問題は、本当に一筋縄ではいかないね。医療ミスについて本書では、(実際にあったことかどうかはわからないが)医療現場でのずさんな実態がいくつも紹介されている。

 乳癌手術中、リンパへの転移を見つけたが、摘出するのに鎖骨を外したりするのが面倒だから手術を終えるとか。手術後に残った針をカウントして数が合うか確認するとき、行方不明の針が出てきても強引にOKと記録に書いてしまうとか。

 私は、こうした怠慢や高慢から生まれる、「医の本質」に背く明らかなミスは咎められて仕方ないと思う。

 ただその反面、「医療ミス」というものの中には医者を責められないものがたくさんあるとも考えている。人は誰しもミスを犯すものであるし、またミスを誘発するような医療制度の欠陥も存在するからだ。本書で医療裁判の被告となった医師の言葉にも、また考えさせられるものがあった。

治療に百パーセントを期待されたら、とても保障などできない。医療にはあらゆる不確定要素がつきまとう。命を失う罪は重い。しかし、命を救ったとき、同じだけの評価があるのか。命の賠償金が五千万なら、救命の褒賞も同じにしてほしい。かけがえのない命を救ったのだから。

破裂 下 (3) (幻冬舎文庫 く 7-3) 破裂 下 (3) (幻冬舎文庫 く 7-3)

著者:久坂部 羊
販売元:幻冬舎
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2007年9月28日 (金)

「見立て」ができるのは作家の強味―「二人道成寺」

 ここのところ松井今朝子を読んで、日本の伝統文化について知らなさ過ぎなのを改めて痛感したので、まあもうちょい親しんでみるかと、歌舞伎を題材にしたミステリーを読んだ。

二人道成寺 (文春文庫 こ 34-2) 二人道成寺 (文春文庫 こ 34-2)

著者:近藤 史恵
販売元:文藝春秋
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 登場人物は、歌舞伎役者とその裏方、そして私立探偵。ミステリーの中心となるのは、一人の若手女形の家で起きた火災と、彼の妻をめぐる謎だ。そこに、彼と並んで注目されるもう一人の女形との微妙な関係を織り込み、梨園の特殊性も絡ませる。厚い本ではないので、一気読みできる。

 ミステリー本編の謎に歌舞伎の有名な話をなぞらえて、登場人物の感情の機微を映し出すところが、やはりこうした作品のキモだろう。本作には、主に3つの話が引用される。

 「摂州合邦辻」は、義理の息子を愛した女の話。ただ、その女の心が真に奈辺にあったのか、幾通りもの解釈ができて、奥深い。

 「野崎村」は、祝言まであげようとした男に好きな人がいることを知って身を引く女の話。これまた、その女をいじらしいと思うかどうかは解釈が分かれる。

 そして「道成寺」。これは安珍清姫の悲恋の物語としてつとに有名だ。

 ミステリー本編のメインとなる謎が明かされたとき、こうした歌舞伎の話が「見立て」としてうまくはたらいて、登場人物たちの心情がこちらに伝わってくる。

 こういう「見立て」のきく話に精通していることは作家として大きな強味だよね。登場人物の心情を直接語るような下世話な真似をしなくても、「わかる人にはわかる」って感じで粋にニュアンスを伝えることができる。

 あと特記事項として、探偵が何もしない(笑)。いやちゃんと仕事をしてるんだけど、頭の冴えでなんとかするんじゃなくて、地道な調査で解決にいたるという、これって現実そのまんまですよね的な仕事ぶり。これはある意味、新鮮だった(笑)。

[MEMO]------------------------------

*たとえば、神話や民話・言い伝えとか、聖書や仏典などの宗教的な話は、作品世界に「見立て」として引用されると、なんかやたらとすごそうな印象を生むよね。いにしえの頃より運命は定められていたのか、とか、人間の本質は変化していないのか、とか。CLAMPのマンガやエヴァなんかは、その最たるものだと思う。

 こういう「見立て」の素材って他にないかなあと考えてみたが、手つかずのものはなかなかない。歌舞伎はまだまだ鉱脈があるなあと思う。あ、その流れでいけば落語があるか。私は見てないけど「タイガー&ドラゴン」はかなり評判が高かったし、いい目の付け所だよなあ。

 あとは…珍しいところで詩があるかな。ダン・シモンズ「ハイペリオン」シリーズは本当に面白かったけど、あれはジョン・キーツの詩を下敷きにするという、あまり見たことのない「見立て」だった。よく考えてみたら、シェークスピアなんかもそうだけど、海外におけるやや新しめの古典(神話とかと比較してってことだけど)として、日本での歌舞伎や落語なんかと似た位置づけで「見立て」の素材に使われ得るのかもしれない。

ハイペリオン〈上〉 (ハヤカワ文庫SF) ハイペリオン〈上〉 (ハヤカワ文庫SF)

著者:ダン シモンズ
販売元:早川書房
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2007年9月20日 (木)

男は恋に恋焦がれて吉原へ―「吉原手引草」

 いやはや面白い。直木賞の名に恥じない。この作者の引き出しは深いなあ。

吉原手引草 吉原手引草

著者:松井 今朝子
販売元:幻冬舎
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 同じ作者の作品で、先に「仲蔵狂乱」を読み、この後「辰巳屋疑獄」も読んだ。それらは、ひとりの人間の生涯を軸に、史実をまるで見て来たかのように活写する作品だった。ひとりの生涯を追うということは、物語上の時の流れも自然と速くなる。次々と事件が起きては終結し、「時代劇版ジェットコースタードラマ」とでも言うべき面白さがあった。

 それに対して、本作。こちらの時の流れはほぼ止まっている。江戸の吉原で栄華を極めた花魁・葛城。彼女をめぐって起きた「事件」について、その周囲にいた関係者から話を聞き出して、薄皮を剥ぐように少しずつ全貌を明らかにしてゆくという物語だ。地の文はなく、すべて談話のテキストだけで書かれているという、凝った趣向のミステリだ。

 また、吉原に行ったことのない男がどう登楼して花魁と馴染みになってゆけばいいのか、初手からわかるように構成されている。ちょっとずつ吉原の仕組みを知り、「事件」の重大さがわかってくるという寸法だ。締めもぴったり「腑に落ちる」。実にうまい。

 それにしても、廓遊びはたいへんだね。何をするにも金が入り用。容姿や風情も粋じゃなけりゃ花魁に好いてもらえない。おまけに、引く時は引き、押す時は押すという駆け引きの腕まで必要だ。つまりは、男の全存在が試される。

 それで思ったのは、「これって現代の普通の恋愛だよね」ということ。現代で一般の女性と恋愛しようと思ったら、真実、このくらいはたいへんなわけです(笑)。「吉原」という響きから、現代のホステス遊びと似たようなイメージがあったが、案外普通の恋愛の方が近いのではないだろうか。

 考えてみると、江戸の頃は、武家や商家なら家のためになる結婚が強制されるし、一般の町人なら周囲が世話して若い男女を娶わせるのが普通だった。押しなべて、自由恋愛が今よりも起こりにくい世の中だったといえる。

 それだから、現代人だったら世間でやれるような、惚れた腫れたの男女の駆け引きをしたくて、男はわざわざ吉原に行ったのではないか。お金を払ってまでそんなたいへんな思いをするなんて、と思うけど、そういう欲求を満たし得ない時代を現代人の私は体験的に知らないから、そんな風に思うのかもしれない。

 最後に。この作品は、「仲蔵狂乱」や「辰巳屋疑獄」といった史実物と比べ、(面白さはそれぞれにあるけれど)技術点は一等高い。直木賞を獲ったことにまったく文句はない。

 だけど、北村薫「玻璃の天」はそんなに落ちるかなあ。まあファンの繰り言ではありますが、何だかまた残念になってきた(笑)。

[MEMO]------------------------------

*花魁をひとり身請けするのって、本当にたいへんなお金がかかるものだね。村上もとか「JIN」の花魁・野風のように、身請けが破談になっても円満に廓を出られるなんて、普通じゃおよそあり得ないことのようだ。

 花魁が廓から勝手に抜けることは決して許されない。「吉原手引草」には、客と駆け落ちを計画してばれた花魁は、素っ裸で梯子に縛られ、尻や背中の肉が裂けるほど青竹で繰り返し打ちすえられるとあった。

駆け落ちを失敗(しくじ)ったら、こうしてとことん痛い目に遭わせて、それがいかに割に合わないかをまわりに思い知らせるんですよ。ああ、たしかに仰言えす通り、それでも駆け落ちしようとする者はあとを絶ちませんがねえ。

 だがそれでも駆け落ちするときはするのだ。そこに女の業が見える。と同時に、こうした環境の中だからこそ、本作の「事件」の顛末が、いっそう清々しいものに感じられるのである。

JIN―仁 (第1巻) JIN―仁 (第1巻)

著者:村上 もとか,酒井 シヅ,富田 泰彦,大庭 邦彦
販売元:集英社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

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2007年9月11日 (火)

デビュー年にしてこの貫禄―「仲蔵狂乱」

 前にも書いたけど、第137回直木賞を北村薫が逃したのはファンとして残念だった。そのとき、「吉原手引草」で見事受賞したのが松井今朝子。彼女がデビューした1997年に書いた作品を読んでみた。

 正直、手に取ったときは、「玻璃の天」を落とした作者はどんなもんかなと値踏みするような邪な気持ちもあったけど、まあとにかく読んでみてからと、虚心坦懐で本を開いてみた。

 そしたら面白いのなんのって。

仲蔵狂乱 (講談社文庫)
Book
仲蔵狂乱 (講談社文庫)
著者 松井 今朝子
販売元 講談社
定価(税込) ¥ 790

 初代中村仲蔵という人の生涯を軸にして、江戸の歌舞伎界を活写する作品なんだけど、まずこの人を主人公に据えたことが成功のモトだろう。とにかく波瀾万丈を絵に描いたような人物なのだ。

 まず生い立ちからして、親の顔も知らぬ身無し子である。梨園にもらわれ、踊りを仕込まれ、子役から出世するも、とある顛末で舞台を去る。しかし市井で食い詰めて、いちばん下っ端の稲荷町と呼ばれる身分からやり直す。辛い下働きが続く。

 そこから、再び役者として認められていく過程がアツい。「朱雀の章」と作者は名づけているが、実際、読んでいて体の芯が燃えてくる。とくに、「仮名手本忠臣蔵」の定九郎役で一気に運をつかむあたりは、それまでの艱難辛苦があるから、大きなカタルシスが来る。

 だがその後も、一粒種の子どもを亡くしたり、「気の方」(今で言う、うつのようなものか)で舞台を休まざるを得なくなったりと、とにかく試練の連続だ。だが、着実に芸は伸び、世間の人気も上がる。

 最終的に彼が一年の給金にして文字通りの「千両役者」となるまでの道筋は決して平坦でなく、それゆえ読んでいて飽きるということがなかった。

 繰り返すが、この中村仲蔵を主人公に選んだところが、本作の成功のモトである。

 ただ、その選択は、作者の該博な歌舞伎界についての知識からすれば、きっと必然のものだったろうと思う。作者本人については長く歌舞伎の仕事に携わっていたということ以外よく知らないんだけど、歌舞伎界の仕組みや作品の詳細、関連する江戸風俗についての書き込みが、素人が一朝一夕には絶対に到達できないレベルなのだ。デビュー年にしてプロとしての貫禄(ヒレ)がある。

 だからきっと、中村仲蔵がいちばん「映える」と作者にはわかっていたんだろうと思う。

 それでも、他の役者たちも実に粋なのだ。とくに、五代市川団十郎と四代松本幸四郎は生い立ちや人物像も魅力たっぷりで、仲蔵と合わせて3人を主役格にした物語も、この作者なら必ず出来ると思った。デビュー年ならいざ知らず、直木賞も獲った今なら、そのくらいスケールの大きな話を書いても十分読者は付くんじゃないでしょうか。

[MEMO]------------------------------

*いや~、歌舞伎の世界にはやはり男同士の関係も普通にあるものなのですなあ。念者という言い方は初めて聞いた。勉強になる。

*はっきりとおぼえていないのだが、定九郎の扮装をそれまでと変えたというエピソードは、テレビの落語かなんかで昔見たことがある気がする。あれは仲蔵の話だったのか…?

*実は直木賞受賞作もすでに読んだ。感想はまた後日に。

*歌舞伎の世界は奥があって、なかなか深入りしようという気にはなれないのだが、こういう風に物語に仕立ててもらうと安心して楽しめる。もう10年以上前になるが、栗本薫「絃の聖域」がこの世界を題材にしていて、ミステリーとしてもさることながら、伝統と因習の世界の物語として興味深く読んだ。

絃の聖域〈上〉
Book
絃の聖域〈上〉
著者 栗本 薫
販売元 角川書店
定価(税込) ¥ 546

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2007年9月 1日 (土)

あなたのホルモー属性は?―「鴨川ホルモー」

 誰でも生涯に一冊は本を書ける、と言われる。

 文章のウマいヘタは別にして、自分が長年積み重ねた経験や信念などを題材にすれば、一冊の小説なり評論なりは書き上げられるということだろう。逆に言うと、そういう自分のテリトリーから離れて二冊、三冊と本を出すには、やはり才能や努力が必要ってことだ。

鴨川ホルモー 鴨川ホルモー

著者:万城目 学
販売元:産業編集センター
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 「鹿男あをによし」で直木賞候補となった作家のデビュー作を遅ればせながら読んだ。

 私の独断と偏見によれば、この本をどのくらい楽しめるかは、下に挙げる属性をいくつ持ってるかである程度判断できる。どれくらい当てはまるかをチェックしてみてほしい。

 1. 純情な青年男子だ

 2. ツンデレ好きだ

 3. 団体スポーツが好きだ

 4. 怪談が好きだ

 5. 京都の地理に明るい

 6. 京大生だ

 1番~5番の属性については、ひとつ持ってるごとにこの作品を通常の一割増しくらいで楽しめるだろう(笑)。3つ当てはまれば三割増しだ。そして6番に当てはまる人の楽しさは、おそらく通常の五割増し…いや十割増しくらいあるんじゃないか。

 実際、この作者も上の属性を軒並み持ってるのではなかろうか。そうだとすると、あまりにも自分のテリトリーにあるアイテムで作品世界を構築しすぎな感じがして、先行きがちょっと不安だ。まあ、若者たちの屈託した心理描写や、奇抜な設定の転がし方などに余力がまだまだ感じられるので、きっと問題ないとは思うけど。

 ということで、この本が作者の「生涯の一作」ではないことを祈って、いつか「鹿男あをによし」を読んでみることにしよう。

[MEMO]------------------------------

*いちばん笑ったのは、メガネが割れた楠木ふみが敵に与える脅威を指して、

まさに死せる孔明、生ける仲達を走らせる。

と例えたくだり(笑)。芦屋は呂布だけど。

*楠木ふみはいいよね。表紙の「凡ちゃんバージョン」でもじゅうぶん可愛いと思う。…って、これはヘンかな?(笑)

 表紙はビートルズ「アビイ・ロード」をもとにした「四条ロード」なんだろうけど、キャラクターは4人じゃなくて5人描いて欲しかったなあ、やっぱり。これは残念。

アビイ・ロード アビイ・ロード

アーティスト:ザ・ビートルズ
販売元:EMIミュージック・ジャパン
発売日:1998/03/11
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2007年8月31日 (金)

今月のベスト&リスト(2007年8月)

2007年8月に読んだ本のベストは以下の通り。

◆ベスト 【フィクション】   「団地ともお 10巻」 小田扉

団地ともお 10 (10) (ビッグコミックス) 団地ともお 10 (10) (ビッグコミックス)

著者:小田 扉
販売元:小学館
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 この8月はちょっと感想少なめだった。でもそれ以外にもいろいろ読んではいるのだ。「感想を書くほどでもない」と判断したものは記録に残ってないということ。その意味で、まずここに感想を書いた本たちは、気に入ったものばかりだといえる。さらにその中で今月はこれが一等とは(笑)。自分でも驚きだぞともお。

◆ベスト 【フィクション以外】   「輸入食品の真実」 小倉正行

食品のカラクリ6 輸入食品の真実!! (別冊宝島 1458) 食品のカラクリ6 輸入食品の真実!! (別冊宝島 1458)

著者:小倉正行
販売元:宝島社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 この本はヒマなときにパラパラ見返して、スーパーで安い外国産にばかり手を出しそうになる自分を戒めたい。食料自給率を押し下げてる要因はいろいろあると思うが、その根っこにあるのは、やっぱり国民ひとりひとりの購買行動・食行動だと思う。

 上記の作品も含めて、2007年7月の感想リストは以下の通り。

どちらかがズレた―「ショート・プログラム3」

逆転に次ぐ逆転が見たかった―「議論のウソ」

恐いものは、恐いのだ―「顔は口ほどに嘘をつく」(第1章~第4章)

ベストがしぼれないよともお―「団地ともお 10巻」

闘犬は泣くか―「医龍 14巻」

あほな…の連発必至―「輸入食品の真実」

インモラルでも、信じたい―「電波の城」

どなたか、読んで聞かせてください―「アラビアの夜の種族 第二部」

これが男子小学生のスタンダードだ!―「おやすみプンプン」

「防げる」と「防げた」は違う―「自殺の心理学」

四重メタ構造、堂々の完成―「アラビアの夜の種族 第三部」

サスペンス脳優位がもたらす悲しみ―「アヒルと鴨のコインロッカー」

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2007年8月26日 (日)

サスペンス脳優位がもたらす悲しみ―「アヒルと鴨のコインロッカー」

 「ミステリ脳」「サスペンス脳」ってのがあると思うのだ。もちろん比喩的な意味でだけど。

アヒルと鴨のコインロッカー (創元推理文庫) アヒルと鴨のコインロッカー (創元推理文庫)

著者:伊坂 幸太郎
販売元:東京創元社
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 どんな推理小説も何らかの「謎」を内包しており、読者はそれを楽しむわけだ。その「謎」には大きく分けて「ミステリ的な謎」「サスペンス的な謎」がある。

 前者は「完全な密室でどのように犯行が行われたか」とか「この連続殺人が可能だったのは誰か」といった謎で、読後にその「構造」を俯瞰しながら、「なるほどここに伏線があったのか」「このミスリードを誘う仕掛けはうまい」などと感心して楽しむ。ともすれば、読んでるうちからこうした「構造」の俯瞰をおっ始めてしまい、前のページを読み直したりして、一種の探偵役になったりもする(笑)。

 一方、後者は「主人公はこの窮地を切り抜けられるのか」とか「二人の関係はどのように決着するのか」といった謎で、読んでいる間、作者が用意した「展開」に沿って一喜一憂して楽しむ。

 で、「ミステリ脳」の持ち主は、「ミステリ的な謎」を嗜好し、楽しむことが「できる」。「サスペンス脳」の持ち主は、「サスペンス的な謎」を嗜好し、楽しむことが「できる」。なぜ、「できる」と表現するかというと、どちらかの脳に偏った読者は、きっと反対側の謎を楽しめないと思うからだ。

 とくに確かな根拠があるわけじゃないけど、特定の本に対する周囲の知人の感想を聞いたりネットの言説を見てると、「楽しむポイントが恐ろしくバラバラだなあ」と感じることがあって、そこには一貫した嗜好の隔たりがあるように見受けられる。それはすなわち、個人の中で「ミステリ脳」と「サスペンス脳」のどちらが優位かの違いじゃないかと愚考する次第。

 前置きが長くなった。本作は、「現在」と「二年前」、それぞれに起こる事件を交互に描写して、背後に隠された奇妙な繋がりを解きほぐしてゆく物語だ。

 詳しいネタバレは避けるが、本作の「ミステリ的な謎」は実に鮮やか。「現在」の主人公が最初に名乗ったときの「言いにくい名前」とか、「鳥葬」のこととか、後から読み返してみると、本当にうまくパズルのピースがばらまかれていたことがわかって感心する。

 で、「サスペンス的な謎」についてだが、こちらも恐ろしく質が高い。これを読んでる途中に出かける用事があったんだけど、早く帰って続きが読みたいと気になって気になって(笑)。この作者のリーダビリティはやっぱりすごい。

 だけど…。

 ちょっと主人公側の人々の結末が悲しくてね。読後にそれが何よりも気になり過ぎる私は、ああやっぱり「サスペンス脳優位」だなあ、と実感した次第。

[MEMO]------------------------------

*ダニエル・キイス「アルジャーノンに花束を」にあったような、知性と感情のトレード・オフ的なイメージで、「ミステリ脳」と「サスペンス脳」を説明することができるかも。どっちかが発達し過ぎると、やっぱりもう一方の謎には注意が向きにくくなると思う。

 少し意味合いは違ってくるが、「ホームズ脳」と「ワトソン脳」とか、「作者・評論家脳」と「読者脳」という分け方もアリかもしれない。最高なのは、どっちの脳もフル活用して楽しめることだけど、これがなかなか。

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2007年8月22日 (水)

四重メタ構造、堂々の完成―「アラビアの夜の種族 第三部」

 ナポレオン率いるフランス軍がエジプトへ、首都カイロへと迫り来る。夜を継いで語られる救世主の物語は、果たしてエジプトを救うのか?十重二十重に織り込まれたアラビア冒険絵巻の最終巻。

アラビアの夜の種族〈3〉 (角川文庫) アラビアの夜の種族〈3〉 (角川文庫)

著者:古川 日出男
販売元:角川書店
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 ズームルッドが語る物語の、胸がすくような見事な大団円に、正直驚いた。サフィアーンとファラーの和解、アーダムの成仏、ドゥドゥ姫との結婚と、懸案事項はすべて清々しく決着した。まさかここまでさわやかな結末を迎えることができようとは。人格の入れ替わりという大胆な仕掛けを披露し、魔法書や霊剣といった伏線を巧みに生かしきった作者の力量に感服した。

 …とはいえ、実はいま私は感想を書いてて居心地があまりよくない。それは、「第一部」の感想でも書いた、この作品のメタ構造に関係してのことだ。

 そこで述べたように、この作品は凡百のクリエイターなら手に余るような四重のメタ構造になっている。①ズームルッドの物語と、②アイユーブの物語を、最後一点に収れんさせるくらいなら誰でも思いつきそうなものだ。ところが、③英語版の底本(「The Arabian Nightbreeds」)を邦訳しているという設定と、④訳者から読者に対する呼びかけまでも、ひとつの話にまとめてしまうというのは、余程の覚悟がないとできないことだろう。

 この作者は、それをやりきってしまっているのだ。その胆力に呆れるしかない。

 だが、そもそもThe Arabian Nightbreeds」なる本は、実在するのか、しないのか?私は実在しないと思って、この四重のメタ構造を完成させた「作者」の古川日出男に感心しているのだが…。ひょっとして、私が単に無知なだけで、実在したらどうしよう。もしそうなら、まるで見当違いのことを書いてるってことになる。くわーっ、居心地悪い(笑)。

 「じゃあ今すぐ調べりゃいいじゃん」とみなさんお思いでしょう。それはもっともです(笑)。

 が、このブログでは、感想を書く際、他の書評とかを極力見ないというルールを、勝手に立てている。今回のような場合には、Webで下調べした方が楽だしまっとうな感想を書けるに決まってるのだが、一度このルールを破ってしまうと、なし崩しに後退していって、自分の頭でウンウンうなることをすぐに止めてしまいそうな気がする。ということで、あえて自分で枷をはめて、不自由な状況を作っているのだった。

 ここで思いだすのは、清水義範「主な登場人物」という短編。

 この短編は、チャンドラーの「さらば愛しき女よ」を読んだことがない作者が、外国作品によく付いている「主な登場人物」の項だけを頼りにして、そのストーリーを推理するというものだ。もちろん、各人物に一行程度のあんな説明だけでは、原作を大きく外れたムチャクチャなストーリーにしかならない。そんな作者の四苦八苦を楽しむという趣向だ。

 で、その短編を清水義範はこう締めくくる。

さて、私はどうするか。これから、レイモンド・チャンドラー作「さらば愛しき女よ」を読むのである。

 私もこの感想を書いたら、「The Arabian Nightbreeds」が実在するのか、それとも作者一流のフィクションなのか、やっとWebで調べることができる(笑)。

 それにしても、こういう行動を読者にうながす時点で、四重メタ構造のいちばん上の階層で成功しているとつくづく思うのだ。

2巻の感想

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2007年8月10日 (金)

どなたか、読んで聞かせてください―「アラビアの夜の種族 第二部」

 物語は、自在に飛躍する。こちらは振り落とされないよう食らいつくのに必死だ。

 奔馬のように時空をかけめぐる、波瀾万丈のアラビア絵巻の第2巻。

アラビアの夜の種族〈2〉 (角川文庫) アラビアの夜の種族〈2〉 (角川文庫)

著者:古川 日出男
販売元:角川書店
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 とにかく、自由自在だ。文体といいストーリー展開といい、あまりの勢いとうねりに、作者が考えながら書いてるのか疑わしくなるほどだ(笑)。

 文章については、もういっそのこと誰かに朗読して聞かせてほしい。専用ズームルッドとして(笑)。上手い人が読んでくれたら、リズムある短文の畳みかけにくらくらしそう。

 でも誰が適役かなあ。情熱的だけど冷酷で、妖艶だけど純粋な感じ。こんなニュアンスを出せる女性って、日本人で誰かいるだろうか…。

 ストーリーの方も、相変わらず見せ場の連続。第二部になってやや冗長に感じられる部分もあるが、依然、超常の設定を生かして作者の発想がこんこんと湧き出てくる。ファラーとサフィアーンの劇的な生い立ちを見せ、ドゥドゥ姫を艶やかに登場させ、地下宝物殿を不穏に出現させ、ジンニーアとアーダムの因縁を再度呼び覚ます。

 そして、2巻最後の第十四夜だ。そもそもこの巻って、どこで「次巻に続く」と締めてもいいってくらいクライマックスだらけなんだが、その中でも最大のところで切ってきた。

 いやー、3巻がすぐ手元にあって本当によかったです(笑)。

1巻の感想

3巻の感想

[MEMO]------------------------------

*ファラーが森を去るシーン。騙していたな、裏切ったな、おれは、おれは―、という叫びが、岩明均「ヒストリエ」で、エウメネスが奴隷として売られて町を出るときの叫びと重なった。深い絶望と恨みが感じ取れるシーンだ。

 そのわりに、その後の二人は対照的だ。ファラーの精神が暗黒に堕ちたのに比べ、エウメネスはやけにほのぼのしたところがある(エウメネスも仇に恨みを抱いてはいるが、それ以外の人にはそんなにヒドくない)。いったいこの先、ファラーはどうなるの?

*サフィアーンの性格は、環境でも矯められない遺伝の影響を考慮した設定になってる。彼は確かに悪い事をいろいろ行っていたけど、天性の気質の良さで、悪事オンリーだった養親たちも改心させてしまう(お父っつぁんは相変わらず偽医者をやったりもするが(笑))。

 前に読んだ「心はどのように遺伝するか」には、反社会的な養親のもとで育っても、実親にそうした傾向がなければ、子どもは反社会的行動に及びにくいとの研究があると書かれていた(P178)。サフィアーンの血は英明なる王の血。果たしてこの先、その血が彼を救うことになるのか?

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2007年7月29日 (日)

妖術の幕開け―「アラビアの夜の種族 第一部」

 うわー、これはすごいね。そうくるか!と驚きの連続。第一部を読む間だけで、5、6回はそんな展開があった。

アラビアの夜の種族〈1〉 アラビアの夜の種族〈1〉

著者:古川 日出男
販売元:角川書店
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 この本に対しては展開予想があまりにも無力。気持ちいいくらいに作者に上手を行かれる。この人こそ、「もっとも忌まわしい妖術師」そのものなんじゃないの?(笑)

 逆説的だが、だからこそ心の片隅で展開予想をしておくのがいちばん楽しめるかもしれない。いい意味で裏切られ続けるのが、しだいに快感になってくるから(笑)。

 しかもそういう「裏切り」のあるときは、最高の見せ場ばかり。よく「クライマックスの連続!」とかいう陳腐な煽り文句が聞かれるが、この作品に限ってはそう形容してもまったく誇張ではない(少なくとも今のところは)。他の作品であればラストの見せ場になるようなシーンが惜しげもなく連発されるからねえ…。すごいわ。

 

 話の作りとしては、この作品、高度にメタな構造だけど、これは今後どう生かされるんだろうか。①ズームルッドの語る物語を、②アイユーブが記録させており、③そのエピソードを記した本を作者が邦訳しているという三重の入れ子構造だ。さらに④読者に対する呼びかけまでしてる点を考慮すれば、四重のメタ構造。

 この設定だけで凡百のクリエイターなら頭がおかしくなるだろうし、読む方も読む方で「大丈夫か」と余計な気を遣ったりしてしまいそう(笑)。

 でもこの作品では、文章のそこここにまるで砂漠の熱砂のように作者の自信が漂っている。これを信じて、とにかく次の巻に進もう。

2巻の感想

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2007年7月26日 (木)

優しさが止まらない―「アジアンタムブルー」

 ああはいはい、恋人が死ぬのね。よくあるね。そりゃ映画化されるよなあ、あざといなあ。…え、何?ページの紙がふにゃふにゃになってる?ああ、濡れたからねえ。涙で。

 こんなん泣くに決まってんだろ!(笑)←逆ギレである

アジアンタムブルー アジアンタムブルー

著者:大崎 善生
販売元:角川書店
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 「パイロットフィッシュ」の主人公による第2作目だが、時間軸としてはそれより前の出来事を描いている。

 正直にいえば、最初の20ページくらいで読むのやめようかと思った。既視感と閉塞感がすごくて。

 主人公の一人語りで過去と現在を行きつ戻りつするという構成が「パイロットフィッシュ」と一緒なのだ。もちろん主人公の思想もおんなじ。おかげでほんと強烈な既視感に襲われる。

 また、恋人を失くした後の主人公の無為な日常が、やたらと重苦しい。どこまで続くんだこれ、その子とどんな思い出があったか知らんけどこんなにウツウツするだけならもう読むのやめるぞ、とか思ってると…

 万引き事件のあたりから、グイグイ引きこまれてしまった。葉子と出会った後はもうアンストッパブル。慟哭のラストまで一直線だった。

 全体として、「パイロットフィッシュ」の方が新鮮かつ深みがあったとは思うが、本作は本作で泣きのエンターテイメントに徹していて気持ちいい。合わせて読みたい、というやつだろうか。

 でも、どうせなら「パイロットフィッシュ」後の物語を読みたいなあ、とも思うのだった。

[MEMO]------------------------------

*高校の先輩といい、デパートの屋上で会う未亡人といい、葉子といい、出てくる女性がみな、主人公に優しさを見つけてばっかりだ。どんだけ優しさにあふれた男やねん。まず第一に、この優しさが肌に合わない人は、本作は読めないんじゃないか。

*やっぱり作品イメージとして江國香織・辻仁成「冷静と情熱のあいだ」と重なるよね。あっちがイタリアならこっちはフランスだけど。そういうところがまた、既視感の源なのかな。

 ちなみに私は江國版のRossoを採ります。

冷静と情熱のあいだ―Rosso 冷静と情熱のあいだ―Rosso

著者:江國 香織
販売元:角川書店
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2007年7月21日 (土)

僕たちも、戦争に手を貸している―「となり町戦争」

 世の不条理は、物語の種。恋愛もそう、戦争もそう。それに加えて、行政とか公務員も、実に不条理な存在なのだった!

 これを読めば、戦争の意味に思いをはせ、公務員を見る目が変わる(?)、そんな異色の傑作。

となり町戦争 となり町戦争

著者:三崎 亜記
販売元:集英社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 このブログには雑多な本の感想を置いてあるが、大きく分けるとノンフィクションかフィクションかということになる。なんで本を読むのかと問われれば「楽しいから」とまず答えるが、もうちょっと気の利いたことを付け加えるなら、ノンフィクションは主に知性を育てるために読み、フィクションは主に感情を育てるために読んでいる。

 だから、マンガや小説なんかには、自分にとって「未知なるもの」を示して、思い切り感情を揺さぶって欲しいと思っている。

 で、この「となり町戦争」は、その希望を存分にかなえてくれた。戦争は日常と地続きであること、それはいつか突然起こるというより今もずっと起きているのだということを、町の公共事業として開始される戦争に参加することになった主人公の「現実感」と「非現実感」を描写することで、見事に表現している。この「戦争」の平板さと空虚さに、得体の知れぬ不安を感じる。

 だがそれよりも私の感情を突き動かしたのは、「香西さん」との海辺の逢瀬を描いた終章だ。あくまで公務員として忠実に戦争業務を遂行した「香西さん」が、戦争の終結後、主人公と職務を離れて会う。

 この場面では、それまで抑制的だった描写が一変する。非常に濃厚かつ緻密に二人の「心と体」が描かれる。

「これが、戦争なんだね」

僕は香西さんを抱いたまま波打ち際に横たわり、そうつぶやいた。仰ぎ見た空には月が光っていた。冷徹に、慈悲なき姿で。

「これが戦争なんです……」

 きっと戦争で失われるのは、そうしたものなのだ。

[MEMO]------------------------------

*この作品、映画化されるらしい。本の帯を見て、言いたいことがひとつだけある。香西さん」は原田知世じゃないだろう!(笑)まあ実際見たらハマってるのかもしれないですが。

 ちなみに私の中では、ずっと中田有紀さんのイメージでした(なぜか「さん」付け)。わかってくれる人は結構いると信じてる(笑)。

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2007年7月18日 (水)

「時代」を活かした傑作―「玻璃の天」

 超絶短編が3本。どれも巧緻の極み。残念ながら公式では受賞を逃したが、私の心の直木賞をあげたい(笑泣)。

 舞台は昭和初期の東京。女学校に通う財閥の令嬢と、家付きの女性運転手を軸に、この作者ならではの日常ミステリが展開する。あの大戦へと日本が向かう直前の「暗い」時代が、現代のメタファーとして見事に活かされている。

玻璃の天 玻璃の天

著者:北村 薫
販売元:文藝春秋
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 まず登場人物に魅力がある。主人公の英子は、少女でも大人のレディでもなく、その純粋で可憐な雰囲気は、「乙女」としか表現できないなんで北村薫は男なのにこの手の女性を描くのがこれほどうまいんだろう。そしてもうひとりの中心人物、女性運転手のベッキーさんがまた颯爽としていてかっこいい。文武両道を地で行き、それでいて偉ぶらない。

 物語の運び方も実に巧みだ。何気ない出来事、ふとした会話、巡り合った本や人が、一見関係がなさそうに登場しながら、最後に一枚の絵に織り込まれていくさまにため息が出る。私はラストに冴えのある「幻の橋」が特に好みだった。

 北村薫は本当に知識が該博で、それはそれでもちろん素晴らしいことなんだけど、それが登場人物にまで反映されると、ちょっと違和感をおぼえるときがある。「円紫さんと私」シリーズなんかを読むと、アドバイザーの円紫さんはもちろん、教えを乞う立場の主人公「私」までが実に物知りで、若年性痴呆な私なんか思わず平伏してしまう(笑)。

 あとあのシリーズでは、円紫さんがあまりに頭が良すぎるのも、ちょっと違和感を感じる部分。少し話を聞いただけで事件の謎がわかっちゃう人なので、うかつに登場させられない。なおかつ、円紫さんはもう謎が解けたのに黙ってて、主人公に「もうちょっと考えてごらん」みたいな対応をするのが、ほのかに嫌味なときがある。

 そうした違和感がこの「玻璃の天」のシリーズでは感じられない。このシリーズも、主人公の英子とベッキーさんは同様の役回りとなっているが、英子が本や古典を好きだとしても、この時代のお嬢様はそれで当然。ベッキーさんは非常に頭脳明晰だけど、身分の違いがあるために一歩引いた立場にとどまり、たとえ答えがわかったとしても差し出がましい口ははさまないのが当然。つまり、「時代」が違和感を中和している。

 …ということで、作者の技量と題材が高度にマッチした傑作と思う。直木賞を逃したのは本当に残念。これを退けた松井今朝子「吉原手引草」を、俄然読んでみたくなった。

[MEMO]------------------------------

*前作「街の灯」とともに、このシリーズでは「時代の空気」がものすごくリアルに伝わってくる。それは第一に、当時の社会情勢や風俗の描写の積み重ねによるものなので、作者の相変わらずの緻密な時代考証に感心するのだけど、それに加え、登場人物の心理がしっかりと「時代」に即した動き方をするのよね。これが大きい。作者に、昭和初期から「スキップ」してきたんですか、と聞きたくなる(笑)。

*印象的だったのは、「荒熊」の講演会後の、主人公と若い軍人の会話。短いながらも、国の大義と国民の幸せ、そして戦争との関係について考えさせられて、実に深い。

「五円あれば、五十人の飢えた者がカレーライスを食べられる。…あなたのおっしゃった行進の列に、そういう多くの者達が胸を張り、喜びと共に加われるのなら…それが、どのような行進であれ、わたくしは心から支持いたします」

この言葉を聞いて恥じ入る主人公が素直でかわいい(笑)。

*こんなん書きましたが、もちろん「円紫さんと私」シリーズも大好きですよ。

街の灯 街の灯

著者:北村 薫
販売元:文藝春秋
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2007年7月14日 (土)

エネルギー・ゼロへ―「一瞬の風になれ 第三部」

 10回泣いた。

 …って冗談で書こうとして、待てよと数えたら、じっさい9回泣いてた(笑)。涙腺緩すぎ?いやいや、一事に青春を賭けるこのひたむきな姿に感動しなけりゃ、いったい何に感動するっていうの?

一瞬の風になれ 第三部 -ドン- 一瞬の風になれ 第三部 -ドン-

著者:佐藤 多佳子
販売元:講談社
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 あさのあつこ「バッテリー」は、過程はものすごく楽しめたのだが、競技としての結末に不満が残った。なんというか、「スポーツ好き」なら、普通その先も描くでしょう!?と。

 その点、この作者・佐藤多佳子は「スポーツ好き」だった。1巻を読んだ時に思い描いていた理想の展開を、それを上回るくらい完璧な形で見せてくれた。それはひと言でいえば、「競技のクライマックスと物語のクライマックスの同期」だ。

 主人公の肉体的なコンディション、陸上技術、精神面の成長、親友との関係、ライバルとの対決、リレーメンバーの団結…。すべての要素が、関東大会でピークを迎える。例えると、一枚のグラフの中でこれらの数値を表す線がたくさん描かれてて、上下動しながらここまで来たけど、最後の舞台でついにすべての線がMAXに集まった感じ。ついでに私の心拍数もずっとピーク近くでドキドキしてました(笑)。

 恋愛もささやかに(笑)ピークを迎えたし、すべてに満足。読み終えて、今は私まで「エネルギー・ゼロ」状態。でも、兄貴の将来も気になるし、やっぱり大学生編で続編を書いてほしいなあ(笑)。

2巻の感想

[MEMO]------------------------------

*いやー、2巻を読んだ時は「これ以上の感動はあるかな」と(好きな作品なだけに)不安がよぎったのだけど、まったくの杞憂だった。最後の4継、桃内から主人公にバトンが渡った瞬間、震えた。心底震えた。あれはすごいよ。あの瞬間に比べたら、ゴールシーンさえもただの余韻。

*なんだかんだ「本屋さん」に乗せられて、本屋大賞受賞作はぜんぶ読んでるのだけど、個人的には小川洋子「博士の愛した数式」に次ぐ「当たり」だった。次ぐ、ってのは時間順序の意味で、どれが好きかと聞かれれば本書がいちばんです。

博士の愛した数式 博士の愛した数式

著者:小川 洋子
販売元:新潮社
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2007年7月 8日 (日)

記憶の湖をのぞく―「パイロットフィッシュ」

 人間の体のどこかに、あらゆる記憶が沈んだ湖のような場所がある。だから、人と人は一度めぐり会ったら、二度と別れることはできない―。

 しびれるくらい、透明で美しい小説。主人公はエロ雑誌の編集者なのに(笑)。

パイロットフィッシュ パイロットフィッシュ

著者:大崎 善生
販売元:角川書店
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 思うに、この作品でいう記憶の湖の水は、きっと恐ろしく冷たいのだろう。湖の底に堆積した何もかもが、沈められたときの形のままで、自分の「現在」を静かに見つめている。ふとそのことに気づいたとき、その記憶の形があまりにも美しく、それゆえグロテスクなことに、人は愕然とするのだろう。

 そんなモチーフを私は意識させられた。とにかく、その構成と文章が見事で。

 由希子との出会いと別離、沢井さんとの「旅路の果て」、傘の自由化。いたるところにちりばめられた「過去」の断片が「現在」によみがえり、決して引き返せない時間の存在を教える。せつなさやさびしさに胸が締めつけられる。

 これは主人公の物語でもあり、われわれの物語でもある。読みながら、誰もが自分の中にある記憶の湖をのぞきこまざるを得ないはずだ。そして、その美しさとグロテスクさに動揺してしまうはず。私はあまりの動揺にしばらく本を置いたことさえあった(笑)。

 いや、若い人にはピンとこないかもしれない。でも、もう少し時が経てば、きっとわかるよ…(笑)。

幸福は本当の幸福ではなくて、幸福の過程にしか過ぎず、たとえそう見える人間でも実はいつも不安と焦りに身を焦がしながらその道を必死に歩いているのだろう。

[MEMO]------------------------------

*人間が感性の集合体から記憶の集合体に移り変わる時が40歳くらいかな、という主人公の言葉は何気ないけど重い。

「感性の集合体だったはずの自分がいつからか記憶の集合体になってしまっている。…今、自分にある感性も実は過去の感性の記憶の集合ではないかと思って、恐ろしくなることがある」

 勝手に意訳すれば、記憶が感性を縛る、ということよね。それは不可避的に起こるものかもしれないけど、トシを取ってもなるべく縛られない感性をもちたいものだが、さて。

*もともと、著者と児玉清の対談に触発されて読んだのだが、ほんとよかった。将棋の人、というイメージが払拭された。これこそ、記憶に縛られない感性でいろんなものを吸収しなきゃいけないということかな。

 作中で「アジアンタムブルー」という言葉が出てきて、あ、あの作品(題名だけは知ってる)は続編にあたるのかと。また読む本が自然と生まれてくれて、喜ばしい。

「アジアンタムブルー」の感想

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2007年7月 6日 (金)

号泣する伏線はできていた―「一瞬の風になれ 第二部」

 2007年本屋大賞を受賞した、陸上青春小説の2巻。

 あと1巻あるので最終的な感想はそちらにまわすが、イイ。実にイイですよ。

一瞬の風になれ 第二部 一瞬の風になれ 第二部

著者:佐藤 多佳子
販売元:講談社
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 守屋キャプテン最後のインターハイと引退のくだりで、号泣(笑)。いや、先輩の引退にかこつけた単純なお涙頂戴だったら、号泣はしないですよ、涙は出るかもしれんけど(出るんかい)。

 責任感の強いリーダーに、自由奔放なエース、純情でひたむきな努力家、お調子者の後輩という、各キャラクターの性格づけがまずいい。次に、こんなバラバラな個性をひとつにつなげるリレーという競技が、これ以上ない舞台装置になってる。で、守屋さんが個人戦で敗退したときの、「守屋さんは泣かない。守屋さんが泣くのは、一度も見たことがない。見たくない。想像もつかない。」という主人公の言葉。

 うますぎるんだよ!!(笑)

 詳しくは書かないが、さらに感動を盛り上げる仕掛けがあって(p108)、もうすべてがぴったりはまってる。この引退シーンで終わってもいいんじゃないのと思うくらいだ(笑)。

 ともあれ、早いとこ3巻を読まねば。主人公たちの成長が楽しみだ。主人公と谷口さんのほのかな恋の行方も気になるし(笑)。

1巻の感想

3巻の感想

[MEMO]------------------------------

*あだち充にはいろいろ名作があるが、最高傑作はずっと「ラフ」だと思っていて、何年かに一度、必ず読み返してしまう。これまた重大なネタバレになるので書かないが、この2巻を読んでいて、「ラフ」のとある場面を思い出してしまった。両方読んだ人ならわかってくれるはず…。

ラフ (1) ラフ (1)

著者:あだち 充
販売元:小学館
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2007年7月 4日 (水)

小説に最適の部活かも―「一瞬の風になれ 第一部」

 身も蓋もないことを言うと、「バッテリー」(あさのあつこ)みたいなのが読みたいなー、と思って買った。そういうのはきっと私だけじゃないはず(笑)。

 しかし、まだ1巻を読み終えただけだが、中身はいい意味で似て非なるものだった。

一瞬の風になれ 第一部  --イチニツイテ-- 一瞬の風になれ 第一部 --イチニツイテ--

著者:佐藤 多佳子
販売元:講談社
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 陸上という題材がいい。野球より万人向けなんじゃないか(むかし「バッテリー」を女性に薦めたら「野球知らないからいいです」って言われた(笑))。

 スタート前の緊張、加速するまでのもどかしさ、トップスピード時の爽快感、スタミナ切れしたときの苦しさ。そして、どうあがいても自分では追いつけない、「速さ」の存在―。

 陸上部に入ったことのない人でも、学校の体育で「走る」体験をしているので、それをもとに主人公の感覚をリアルに感じることができる。そこがこの作品の強味だと思った。

 あとはまあ、第二部(2巻とは言わないのね)以降を読んでからにしよう。第一部のヒキがこれまたうまくて、ほんとは感想とか書いてる場合じゃないのだ(笑)。第二部で2年生、第三部で3年生と進級してゆくのだろうか。もしそうなら、実に燃えるなあ。

2巻の感想

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2007年6月29日 (金)

貧乏神ならまだいいほう?―「憑神」

 あんまり泣かすなよ…

 幕末の江戸、凋落した徳川家への忠義の心をなくさぬ貧乏侍に、神が憑く。さてどんな福を運んで来てくれるのかと思いきや、なんとこの神は貧乏神なのであった。

憑神 憑神

著者:浅田 次郎
販売元:新潮社
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 最初に手際よく紹介される主人公の身の上が、生かさず殺さずという感じで、これ以上ないくらい絶妙の憐れさ(笑)。さていかにこの窮状を切り抜けて、裏切り者を見返しつつ、立身出世をとげて幸せをつかむのかと、期待感にワクワクする。貧乏神も憑くらしいし、こりゃたいへんだぞと。

 ところが、ここから作者はひねる。神が憑いてもたらされた最初の結果を、「よかった」「わるかった」と一概に判断できない方向にもっていく。ここがうまい。主人公に肩入れして読んでたら、ほんとにこれでいいんかな、とみな不安になるんじゃないか。

 でも実は、この不安感は作者の巧妙な仕掛けのひとつ。その先起こることも、ぜんぶラストに向けて意味をもってつながっていく。むかし何かのインタビューで浅田次郎は「僕の小説は予定調和だから」って言ってたけど、そりゃ謙遜ですよ。幾重にも張り巡らされた伏線の数々を、こうまでうまく回収されたら、もう、わかっていても泣かされる。職人。

 この本で描かれる幕末は、侍や将軍といった「権威」が失墜し、社会システムのあちこちにガタがきて、形容しがたい閉塞感が人々の心にただよう時代だ。懸命に生きる人が、その努力に見合った形で報われることがほとんどない。

 その状況が、現代と重なる。幕末で起きていたことが、決して他人事とは思えない。だから、その中で述べられる以下の主人公の台詞は、現代で行き場をなくしているすべての「武士」たちに、作者から投げかけられたメッセージなのだろう。

「限りある命が虚しいのではない。限りある命ゆえに輝かしいのだ。武士道はそれに尽きる。生きよ」

[MEMO]------------------------------

*幕府に仕える武士になるための御家人株は、金でやりとりされることがまれではなかった(年寄株みたいなもんか)。御禄の米を幕府に代わって武士に配るのは蔵前の札差だが、たいがいの武士はそこに借金を背負っていて、下手をすると借金のかたに御家人株を手放す羽目になる。

 そのとき支払われる額は、五百両や千両にものぼるらしい。解説にある数字から計算すれば、主人公の家の年収が三百両強ってところだから、結構な額だ。勝海舟も、祖父の代に御家人株を買って武士になった「金上げ侍」だそうだ。

*主人公の造型が最高。ほんと肩入れしたくなる。映画は見てないけど、主人公役の妻夫木くんの顔でまったく違和感なく読めました(笑)

「よしんば刀が贋物にせよ、伝承が嘘にせよ、そうと信じて勧め力めた(つとめつとめた)祖宗の心にまさる真実はございりますまい。その努力精進さえも過ちと断ずる勇気を、拙者は持ちませぬ。」

*浅田次郎は、まったくもって文章がうま過ぎる。他ではやっぱり「蒼穹の昴」でしょうか。全四巻というボリュームも気にならない、大興奮の傑作

蒼穹の昴(1) 蒼穹の昴(1)

著者:浅田 次郎
販売元:講談社
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2007年6月25日 (月)

誰もが突然「犯罪者」になる―「死亡推定時刻」

 「誤認逮捕は時の運」 - とは、むかしのギャグマンガ(安永航一郎「県立地球防衛軍」だったと思う)に書いてあった言葉なのだが、恐ろしいほどの名言だと思う。いやほんとに。

死亡推定時刻 死亡推定時刻

著者:朔立木
販売元:光文社
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 読者は、まったくの無実の罪でひとりの青年が捕えられ、厳しい取調べを受けて裁判にかけられていく様をまざまざと見せられる。青年は、素行に問題があるものの、ただ小心で頭が回らないだけだ。これは無罪とされなきゃいかんでしょう。読者はみな、そんな気持ちでページをめくり続けるはずだ。

 しかし、現在の司法制度とそこに関わる人々は、彼を死刑台に向かってどんどん押し上げてゆく。自己保身のためだけに事実をねじ曲げる警察官僚。先入観で暴走する取調官。矛盾する結果も平気で出してくる鑑定医。依頼者が払える報酬額しか頭にない弁護士。事件の詳細をろくに確認しようともしない検事。そして、裁判を手早くたたむことばかり考えている裁判官。

 この世に「正義」はないのか!…と怒り出したくなることうけ合い。寝る前なんかに読み出したら、先が気になるのと憤懣やる方ないので、読み終えるまで絶対寝られない。あくまで小説、フィクションなのだが、解説の栗本薫は、この本の事件っていつ頃起こったんだっけと、ついつい思い出そうとしてしまうと書いている。私もほんとそうでした。そのくらい圧倒的なリアリティがある。

 

 何が正しいか、正しくないのかは非常に曖昧になって、相対主義の極地みたいな時代だが、犯してもいない罪で死刑になることを止めるのは、最低限果たされるべき「正義」じゃないか?警察も検察も裁判所も、そりゃ忙しくてたいへんのは重々承知だが、せめて、せめて、それくらいの仕事は…。

 青年を救うために奔走する「正義の弁護士」の努力がどんな実を結ぶのかは、自分で確かめてみてほしい。冤罪は、他人事ではない。「誤認逮捕は時の運」 - この言葉を、もう笑えない。

[MEMO]------------------------------

*2007年2月、鹿児島の選挙違反をめぐる裁判(志布志事件)で無罪判決が出たのは記憶に新しい。昨今、無罪判決が増えてきているような印象をなんとなく受ける。この本を読むと、「ああ、今までもたくさん冤罪事件はあったのだろうな」と思わされる。

 でも、作者あとがきにもあるように、もし一般人としてこの事件の報道に触れたら、きっとこの青年を犯人だと思ってしまうだろう。そのことがまた背筋を寒くさせる。

*アマゾンの書影を見たら、この本、ドラマ化されてたのね。知らなかった。

死亡推定時刻 死亡推定時刻

著者:朔立木
販売元:光文社
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2007年6月16日 (土)

パズルに堕ちない群像劇―「ラッシュライフ」

 お互い何の関係もない(ように見える)複数の登場人物が別個に行動しつつも、知らず知らずのうちに他の誰かに影響を与え、大きな物語が転がっていくという群像劇。

 伊坂幸太郎は、「オーデュボンの祈り」で「ミステリ色の強い村上春樹」という印象を受けたが、「重力ピエロ」と「陽気なギャングが地球を回す」を経て本作まで来ると、「文学色の強い赤川次郎」という気がしてきた(笑)。

ラッシュライフ ラッシュライフ

著者:伊坂 幸太郎
販売元:新潮社
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 この手の群像劇は、登場人物が大きなパズルの単なる1ピースとして造られたというイメージをできるだけ与えないことが鍵だろう。人物設定や心理描写にご都合主義が感じられると、もう興醒めだ。(同系統の恩田陸「ドミノ」のとき、私はややそんな気分がしてしまった。)

 また、話は少々ずれるが、むかしセガサターンに「街」というゲームがあった。私はこのゲームが大好きで、何人もの登場人物の視点を頻繁にに移動し、各人物にどっぷり感情移入しながら大きな物語を進めるという、ものすごく高度なインタラクティブ群像劇を堪能した。幸か不幸か、今はそれで耐性ができてしまい、他の媒体でちょっとやそっとの小細工に触れても、なかなか快感が得られない。でも群像劇も伊坂も好きなので読んでしまう。

 で、本作はどうだったのかというと、人物設定にむちゃくちゃ深みがあるわけではないけれど、そこかしこに小細工をちりばめ、とびきりの大仕掛けも配して、決してただの群像劇では済ませていないのはさすがだった。大仕掛けは実は序盤から小出しにして見せていた、というのも気が利いている。「ああ、カカシがしゃべるみたいな『アンリアル前提』か」と思わせてそのウラをとるのも面白い。最後まで「読ませる」力は圧倒的だ。

 でもなんだか、うますぎる。不当なほどに(笑)。感心はさせられるが、技巧面が勝ちすぎていて、後にあまり残らない。「ああ美味しかったね」と言いつつ食後にちょっとお茶飲んだら味がみんな洗い流された、みたいな。もちろん、読んでいる間のワクワク感は抜群なので、まあ単なる贅沢な客の繰り言なんだけど。…やっぱり、「街」後遺症だろうか。

[MEMO]------------------------------

*以下ネタバレ。一応やっておきたかった時間軸の整理。

「黒澤がマンションを出るとき、河原崎が塚本の死体を背負って出てくる」=河原崎>黒澤

「黒澤が舟木宅で1度目の仕事をした夜に佐々岡と会い、翌朝妻・京子に電話させる」=黒澤>京子

「黒沢が舟木宅で2度目の仕事をしたところ、豊田とはち合わせる」=黒澤>豊田

「錯乱した京子がハサミを買って駅前に行き、豊田が犬を救う」=京子>豊田

 

 河原崎(殺人)>黒澤(1度目の仕事)>京子(死体ドライブ)>豊田(犬と拳銃)の順に、一日ずつ経過しているということになる。

 エッシャーのだまし絵のように、豊田から河原崎へまたつながっていくアンリアルな仕掛けもあるのかと思ったが、それはなさそうだ。「高橋さん」がそういう時間を超越した存在なのかとかいろいろ勘ぐってしまった。

世の中にはルートばかりが溢れている…人生という道には、標識と地図ばかりがあるのだ、と。道をはずれるための道まである。…浮浪者になるためのルートだって用意されている。

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著者:伊坂 幸太郎
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